咲く花

八、

放たれた鞭はぐるりと紫漸の身体に巻きつくと、残った片腕を胴ごと締め上げた。
「ぐ…っお…」
「鞭の使い方は、相手を傷つけることだけじゃない」
苦しげにうめく紫漸に冷たい声で言い放つと、蔵馬は軽く握り締めた右手を口元にあてた。小さく何事かを囁いた後、開いたそこから薄桃色の無数の花弁が宙に舞い上がる。
「これは…」
「飛影」
驚きに目を見開いている飛影に、蔵馬は静かに呼びかける。
「部屋の隅に……できるだけ巻き込まないようにするけど、念のため」
飛影は、紫漸を見据えたまま言葉を紡ぐ蔵馬の横顔を静かに見つめた。やがて踝を返すと、舞う花弁の間をすり抜け、飛影は言われたままに部屋の隅へと立つ。
(すまない、飛影)
仲間の――黒鵺を殺した相手を、せめて最後だけでも自分の手で葬ってやりたい。そんな蔵馬の思いを、おそらく飛影は解かってくれたのだろう。胸の中で礼を述べ、蔵馬は一気に抑えていた妖気を解放する。
「風花円舞陣!!!」
召喚された無数の花弁が凄まじい渦を巻く。鋭利なそれは、床を、壁を、天井を、紫漸の腕を、足を、音さえも切り裂いて暴れ狂った。
「ぐおおおおおおおっ!!」
紫漸が痛みに絶叫する。己を束縛する鞭をなんとか切り解こうと、壁に突っ込み、床を転げまわる。しかしその度に棘の鞭は紫漸の肌に食い込み、飛び散った血飛沫が部屋を汚すばかりだった。
「おのれ…化け狐……!!」
ごぼ、と血を吐きながら、憎しみに彩られたアメジストの瞳が蔵馬を見上げる。
「おのれ……!!狐……!俺はまた、貴様に逃げられるのか?また貴様に鏡を持って行かれるというのか……!?」
苦しげな喘ぎと共に紡ぎ出されるその問いに、蔵馬は答えない。ただ冷たい瞳で、目の前の「モノ」が悶え、苦しむ様を見つめている。
「おおおおおおおおおっ!!」
一枚の花弁がアメジストの片方をえぐった。再び、絶叫が大量の血と共に吐き出される。びくりと大きく揺れた巨体が、ゆっくりと床に崩れ落ちた。
「おのれ……狐……」
小刻みな痙攣を繰り返しながら、それでも低く呪いの言葉を繰り返す。
「おのれ……お…の…………――」
語尾は、耳元を切る花弁に遮られ、聞き取れなかった。

「…随分と残酷なやり方だな」
未だ舞い続ける花弁の中を抜け、飛影は蔵馬のもとへと歩み寄る。
「冷酷非道と言われるだけのことはある」
転がった魂の抜け殻に視線を落としていた蔵馬が僅かに顔を上げ、静かな微笑みを向けた。――儚げな…あまりにも儚げなそれに、飛影の歩みが止まる。
紫漸の血に赤く染まった花弁が、蔵馬を取り巻くように静かに舞い続ける。くるりと回り、あるいはふうわりと漂って、まるで踊るように、守るように。
ごくり、と無意識の内に咽が鳴っていた。……飛影の目に、その光景が鮮やかに焼きついた。


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