咲く花

七、

ぐぐ…と頭をもたげた植物達が、紫漸を睨みつけた。
「ふん…諦めたか」
相変わらず殺気を帯びた睨みを向けてくる蔵馬は答えない。紫漸はゆっくりと…だが確実に蔵馬の元へと迫る。濡れたアメジストを嫌うように、蔵馬は再び鞭を振り上げた。腹に出来た大きな隙…そこを狙って紫漸の斧が横に滑り込んだ。
「甘いわあっ!!」
ズオッ…!!
伸びた蔓が掻き散るとともに空間が裂けるような音がして、一瞬視界が白に塗りつぶされた。反射的に目を覆い、紫漸は一歩後退る。
そうして再びまなこを開いた彼の前には、蔵馬ではなく、鏡を胸に抱いた稜瑶がいた。眼を見開く彼の目の前、稜瑶の長い髪を赤いものが伝い、次の瞬間、眉から上がごとりと落ちた。
「な…何…」
目の前の光景に、紫漸の驚愕の声が上がる。おそるおそる視線を向けた先、彼の自慢の斧は血に濡れていた。紛れもない、それは目の前に無惨な姿を晒している稜瑶のもの。
「俺達の攻撃力で結界を壊せないのなら、それ以上の力を持つ者に壊させればいい」
背後からの声に振り返ったそこに、己が狙ったはずの狐の姿があった。
「まさか自分の自慢である怪力のせいで墓穴を掘ろうなど、考えてはいなかっただろう」
「き…貴様…」
紫漸の背筋に、初めて寒気が走った。
何ということだろう。
先刻の己の攻撃は、角度もスピードも申し分ないものだった。
それをかわされただけではない。逆に利用されたのだ。
まず、飛影が稜瑶の気を引く。稜瑶が、紫漸の攻撃が己の方に向かっていることに気付かないようにするためだ。気付かれれば結界の強度を上げて防がれるか、逃げられる可能性がある。そして蔵馬が紫漸を稜瑶の傍までおびき寄せる。攻撃と見せかけ背後に植物を繁らせることで、そこに稜瑶がいることを隠した。あとはわざと隙を作り、紫漸が巨大な斧を振り下ろすのを誘うだけ。振り下ろされたと同時に飛影と蔵馬は跳びかわし、巨大な斧は稜瑶のみを切り裂いたというわけだ。
蔵馬が先刻、腹への攻撃を受けたのも、そこの防御が弱いと紫漸に思い込ませるため。腹を狙った横振りの攻撃なら、結界は壊しても稜瑶の胸に抱かれた鏡は壊れない。
別々に戦っていたはずの二人は、いつの間にか共に稜瑶と紫漸を罠に掛けていたのである。
稜瑶は飛影に、紫漸は蔵馬にのみ気を取られ、もう一人の敵には眼を向けなかった。そのために、まんまと罠にかかってくれた。
二人の間に、相談をした素振りなど一切無かった。さらに今の作戦、成功させる事がかなり困難な上、下手をすればどちらかの、あるいは両者の命も危ぶまれた。蔵馬と飛影の跳ぶタイミングが僅かでもずれていたならば、稜瑶もしくは紫漸が二人の狙いに気付いたかもしれない。
また、攻撃を回避することに失敗していれば、間違いなく真っ二つだった。飛影においては、蔵馬の植物に遮られているために勘で紫漸の攻撃を避けなければならなかったのだ。
「貴様ら…一体いつの間に…っ!」
「いつの間に作戦を立てたか…知りたいのか?」
脇から姿を現した飛影が、嘲笑うような眼で紫漸を見上げる。
「そんなものなど初めから無い。蔵馬の動きを見て、お前を少しずつ、あの稜瑶とかいう奴の元へ誘導している事に気付いただけの話だ」
蔵馬の隣に立ち、くつくつと可笑しそうに笑った。
「だから貴様のことは蔵馬に任せ、俺はあいつの気を引き付ける役目に回ったのさ」
飛影の言葉に、思わず蔵馬は顔を綻ばせる。本当にやりやすい。こんなに気分の良い相手は久しぶりだ。
飛影の勘とセンスの良さには驚かされる。…おそらく、邪眼の移植手術を受ける前、彼は相当な妖力を持った高等妖怪だったのだろう。それを「ユキナ」という者のために捨てた。――……よっぽど大切な存在なのだろうか。自分にとっての、母と同じように。
そこまで思って、蔵馬はキッと鋭くなった眼を紫漸に向け、言い放った。今は、そんなことを考えている場合じゃない。
「貴様が鋼の豪腕で捻じ伏せるなら、俺達は水のごとく自在に流れを変える知略によってそれを切り抜けるまで。残念だったな、紫漸」
「お…己え…――!!」
憤慨した紫漸が最後の足掻きと言わんばかりに大きく斧を旋回する。だがその太い腕は神速で迫った飛影の剣に切り落とされた。稜瑶が死んだ今、紫漸を守るものは無かった。握られていた斧ががしゃん、と派手な音を立てて落ち、床を砕く。
「があ……!」
紫漸が声にもならない叫びを上げ、血の吹き出す肩を抑えた。
「決着をつけよう、紫漸」
蔵馬が再び鞭を振るう。


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