咲く花

六、

「ハアッ!」
飛影の剣が鋼に包まれた右足に斬り込む。それをその足の一蹴りで払ったそこに、逆側から迫った蔵馬の鞭がもう一方の足に絡みついた。強い力で引くそれを斧により断絶し、体勢を崩した蔵馬に向かって斧を大きく旋回させる。ぶおん、と唸りをあげたそれが、蔵馬を掠める前に下からの強い衝撃に弾かれて、僅か頭上を斬った。飛影が剣で斧を打ち、軌道を逸らせたのだ。
「良いコンビネーションだ!!」
心底楽しそうに紫漸が笑う。
「だが、俺には勝てん!」
起き上がった蔵馬が千切れた鞭の欠片を放り、髪から出したもう一輪の薔薇を素早く鞭に変化させる。胴を狙って再度鞭を放つも、鋼に守られた紫漸の巨体は傷一つ負うことが無い。
(あれが邪魔だ)
蔵馬が飛影に素早く視線を送る。その意味を一瞬で理解した彼は、再び床を大きく蹴った。
「!!」
紫漸の身体を無数の光の筋が走る。彼の眼は飛影を追うことが出来ない。何が起こったのか解からぬまま、突如背後に出現した彼を睨みつけた。
くっ、と飛影が咽の奥で笑う。
ずるり、という音に目を見開く紫漸から、鋼の鎧が剥がれ落ちた。
「くっ…おのれ、鎧のつなぎ目を…!!」
脆い、鎧の接合部を飛影の剣が裂いたのだ。
紫漸の一瞬の動揺を見逃さず、蔵馬が素早く攻撃を繰り出す。捕らえた、そう思った瞬間。
バシッ…!!
見覚えのある青白い光が紫漸の身体を覆った。
「何っ!?」
飛影は鋭さを増した瞳で振り返る。その先に稜瑶がいた。稜瑶が紫漸の身体にも結界を施したのである。
「はーっはっはっはっは!!」
勝利を確信したような高笑いが響き渡る。
「この俺の攻撃力と稜瑶の防御力に、魔界盗賊ごときがかなうと思うかぁ――!!」
「チィッ!!」
襲い来る斧の一撃を飛影は滑るようにかわす。空を斬った斧は、がらりと落ちて床を崩した。それが持ち上がらないうちに、再びその懐を目指して突っ込んでいく。蔵馬も負けじと鞭を振るった。
(…何だ?)
攻撃を繰り出し、かわし、受け止めながら、飛影は違和感を感じてちらりと蔵馬を見やった。いつもと何ら変わり無いように見える…だが、何かが飛影に違和感を覚えさせた。暫らく蔵馬の動きの一つ一つを視界の端で見つめ、飛影は気付く。蔵馬の動きがいつもと違う。どこか傷でも負っているのだろうか?いや、あれはどこかを庇っての動きではない。少しずつ、少しずつ…紫漸に気付かれないように……
(そういうことか)
蔵馬の狙いを察し、飛影はくるりと向きを変えた。
「どうした三つ目!俺が恐ろしくなって逃げ出したか!?」
紫漸の言葉など、飛影の耳に入らない。一陣の風となった彼が目指すは、部屋の隅で戦闘を傍観しているもう一人。
「ハァッ!!」
振るった剣はやはり青白い閃光に弾かれた。それでも怯むことなく攻撃を送り続ける。
「何度やっても無駄だ」
稜瑶の薄緑の瞳がすっと上がって飛影を映す。
「貴様の攻撃力では俺の結界を破れない。貴様は全力で攻撃しているのだろうが、俺はまだ八割ほどしか力を出していないのだ。諦めて早々に立ち去るがいい。…死にたくなかったらな」
再び青い火花が散る。縦に、横に、剣を突き立てても決して破れることはない。
稜瑶の言葉がまるで耳に入らないかのように攻撃を続ける飛影に、稜瑶は嘆息した。
「もう一度言う。相棒を連れて早くこの城を出ろ。あの狐、紫漸に殺されるぞ。紫漸は一度逃がした相手は二度と生きては返さない。お前、あいつが死んでも良いのか?」
「……ふ」
僅かに聞こえた笑いに、稜瑶は思わず眼を見開いた。そこに再び、剣の一撃が入る。
「俺がここを出ると言っても、あいつはここに残るだろうぜ」
確信に満ちた笑みを浮かべ、飛影はさらに力をこめて結界を斬りつけた。

紫漸の背後をついた蔵馬の鞭が、その首を狙って波打った。
当たったはずのそれがぱしりと火花に弾かれて、虚しく手元へ戻ってくる。
振り返った紫漸と視線が合って、蔵馬はまた駆け出した。
蔵馬も稜瑶も、僅かではあるが息が上がってきていた。
もう長い間、互いに攻撃を繰り出してはそれをかわすことを続けている。
しかし未だ、両者に目立った傷は無かった。
実力の差が、無いわけではない。
パワーは劣るかもしれないが、スピードと技術は紫漸よりも蔵馬が上だった。従って攻撃も当たる。
しかし、稜瑶の結界に守られた紫漸の身体を傷つける事はできない。
もどかしさに歯を噛み締める。
それでも蔵馬は攻撃を続けた。
戦いに集中させ、少しずつ、少しずつ…獲物を罠へと誘い込んでいくために。
「はっ!」
迫った紫漸に蔵馬の鞭が振り上げられる。
大きく上がった腕…その時腹部に大きな隙が出来たのを、紫漸は見逃さなかった。
「はあ――っ!!」
「うっ…!」
紫漸の斧を握る手に、確かな感触が伝わる。にい…と笑みが広がった。
腹を抑え、崩れた蔵馬を見やる。
後ろへ身を引いたおかげで致命傷は免れたようだが、そんなに浅い傷ではないようだ。その腹から朱がじわじわと滲み出していた。
「はっはぁ!」
さらに追い討ちをかけるように紫漸が走りこむ。彼の間合いに入りかけた…その瞬間、蔵馬の背後から突如影が伸び上がった。
「!!」
気付いた紫漸が反射的に足を止める。彼の眼前に紙一重で迫ったのは植物の蔓だった。蔵馬の髪から、ざわざわと音を立てて、茎を、蔓を伸ばし、紫漸を威嚇する。
「ちぃっ」
間合いを取り直すために引く。すると植物は蔵馬の髪の中に引っ込んだ。
ふらつく足を踏みしめ、蔵馬は再び走り出す。
「ふん!」
それを追って、間合いを保ちながら紫漸も走る。
部屋の隅の方まで辿り着いた蔵馬が、逃げ場を無くしたのか、足を止めた。
その髪から再び植物が伸び、その一角を覆い尽くすほどにまで成長していく。


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