咲く花

五、

「そうか…貴様があの時の紫の眼の男か…」
こぶしを握り締め、憎しみを込めた眼で稜瑶を見上げる蔵馬に、飛影は眉をひそめた。
「…蔵馬?」
どうした、と訊ねかけて、飛影ははっとした。そうか、この男なのだ。蔵馬の、かつての仕事仲間を殺したというのは…。
「…んん?」
己を包み込むそのただならぬ殺気に、紫漸が首をひねった。そしてじっ…と蔵馬を見つめる。
「貴様…どこかで俺に会ったか?」
つかの間の睨み合いの後、紫漸がぽつりと呟いた。その言葉に、蔵馬の身体が僅かに揺れる。そんな彼に気づいているのかいないのか、紫漸は身体を屈めて、正面から蔵馬の顔を穴が開きそうなほどに眺める。
「その顔には見覚えは無いんだがな…その妖気…どこかで感じた事がある…」
ん〜…と顎に手を置き、天井を仰いで唸ってから、
「おおっ」
  何か思い出したように再び蔵馬を見下ろした。
「そうか…お前、あの時の白い妖怪…鏡を盗んだ狐か?」
蔵馬の瞳が鋭さを増す。ゆらりと一瞬揺らめいたそれが、酷く冷たいものへと変わっていった。
「……そうだ、と言ったら?」
「はっはっはっはっはっは!!」
突然腹を抱えて笑い出した紫漸に、何がおかしいと言わんばかりの眼を向ける。紫漸はひとしきり笑うと、歪んだ笑顔を蔵馬に向けた。
「まさか、こんな形で貴様に会えるとはなあ…ずーっと捜してたんだぜ…あの日から……ずーっと…な…」
紫漸のアメジストの光が強くなる。先ほどまでとは明らかに違う殺気が彼から吹き上がり、蔵馬に、飛影に絡み付いた。
「ずーっと捜してたんだよ…どうりで見つからんはずだ…人間に化けてやがったのか。なるほどなあ…」
獣の瞳。まさにそのとおりだった。今の紫漸は、ようやく見つけた獲物を狙う、獣。そして飛影と蔵馬は、彼の腹を…欲望を満たすための餌だ。
「仲間を殺されて、悔しかったか、憎かったか、え?それで新しい仲間を連れて、俺に復讐しに来たのか?」
「そんな事はどうでもいい」
凍りつくような声が吐き捨てる。
「殺られたのは、油断した黒鵺の自業自得。別に仇を討ちたいなんて考えない。今俺が欲しいのはあの鏡だけだ」
一歩を踏み出す蔵馬の眼には、押さえ込もうとはしているが明らかな殺気が浮かんでいる。それを見止めた紫漸が苦笑し、大げさに肩を竦めた。
「そんな事を言いながら、殺る気満々って面だぜ、狐さんよ…」
ぴくり、と僅かに蔵馬の形良い眉が動く。噴出しかけた感情にじっと耐えるように眼を伏せた。
その直後。
紫漸の脇をひゅっ、と風が走った。弾かれたように追った視線の先で、ぱし、と乾いた音と共に青白い火花が散る。蔵馬の鞭が稜瑶を狙ったのである。弾ける光の向こう、ガラス玉のような稜瑶の眼が僅かに動き、こちらを映す。
「――無駄だ」
細く冷たい、ガラスの糸のような声が言った。
「俺は常に結界を張り続けている。不意打ちは効果が無い」
「そんな事は解かりきっている」
鞭を手元に戻し、蔵馬は淡々と言葉を紡ぐ。
「ただ、俺の攻撃力でも貴様の結界を破れないのか試しただけだ」
その言葉に稜瑶の眼がす、と細められる。僅かに端の上がった口元は、笑っているようだった。
「お前の攻撃など怖くは無い。お前もそこの黒いのも…八割の力で充分」
「そうか」
呟くと、蔵馬は再び鋭い瞳を紫漸に向けた。
「ならば、まずは貴様を片付ける事にしようか」
紫漸が、そのアメジストの瞳をにやりと歪めたのと、飛影と蔵馬が同時に床を蹴ったのとは、果たしてどちらが先だっただろう。示し合わせたように左右に分かれた二人は、完璧なまでのタイミングで両側から紫漸に攻め込む。ここに上がって来るまでに、互いの動きなどとうに知り尽くしていた。


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