咲く花

三、


「あれがそうですね」
傍らの飛影に、吐息で蔵馬が囁いた。
「ああ。…ちっ、いつ来ても厳重な警備だな」
忌々しげに舌打ちし、飛影は剣を握りなおす。彼等の前方に見えるその巨大な古城は、まるでそびえ立つ山のようだった。重い岩を幾つも重ね、積み上げ、築き上げたのは果たして幾千年前か。城の遥か手前にある巨大な門、その前には巨大な斧を持った見るからに屈強そうな妖怪が二匹、さらに城のてっぺんに取り付けられている見張り台からは、三つの影が周囲に目を光らせている。
そして何より…結界である。この辺りの妖怪達では簡単に破れない強力な結界が、城全体を包み込んでいた。その大きさは、およそ半径400メートルである。門を突破してもこの結界に阻まれて、侵入することは不可能だ。
「凄いな…こんな大きな結界は初めて見るよ」
「さらに恐ろしいことに、この結界は常にこの城を守り続けている」
「これほどの結界を作るのには、相当な妖気が必要なはず。それを休み無しで張り続けていられるなんて…」
蔵馬の言葉に、飛影は小さく頷く。
「そう、出来るはずが無い」
「それが出来るのは、相手が複数であるか」
「何らかの手段で妖気を増幅させているか…」
二人の視線が一瞬交わされた後、ある一点に向けられる。門から20歩ほど右…何も無いはずのそこに、何故かもう一匹妖怪が立っていた。
「この間偵察に来たら、たまたま使いの妖怪が戻って来たところでな。そいつが城に入る時、あのでか物が背中の辺りをいじっていたのさ。邪眼で探ってみれば案の定だ」
「なるほど。城の妖怪も出入りする際もこの結界は妨げになる。だから威力を弱める必要があるわけか」
再び視線を交わし合い、二人は自然と笑みをこぼした。…まったく、なんてやりやすいことだろう。視線を城へと戻すと同時。飛影は剣を抜き放ち、身を隠していた茂みから跳び出した。数秒もかからぬ神速で門の前へと到達し、驚きに目を見開いている門番のうち一方の首を一瞬で切り離す。次いで背後から斧を振りあげるもう一方の腕を振り向きざまに切り落とし、絶叫を聞く間もなくその胴を斜めに引き裂いた。
「ガアアアッ!」
無惨な姿へと変えられた仲間の亡骸を踏み越えて、三体目が跳びかかった。右斜めに振り下ろされた一撃を難なくかわして高く跳ぶ。太い咽を狙った飛影の白刃は、確実にその巨体を絶命へと導くはずだった――だが。
ギイン、と鈍い金属音と共に飛影の身体が弾かれた。剣の切っ先が急所を捕らえるより一瞬早く、相手がその巨大な斧をもって防いだのである。
「ちぃっ!」
先ほどの二体よりはいくらか出来るらしい。やはりこの妖怪が守っているのは、敵を「入り口よりも」近づけてはならない何かだ。
「ガアアアアア!!」
雄叫びを上げて、バランスを崩した飛影に襲いかかる。再び斧を振り上げたその顔が醜い笑みを浮かべた…瞬間だった。
ガコン!
「!?」
重い音がして、城を包んでいた結界が揺らぎだす。それに気を取られ動きが鈍った一瞬を突き、飛影の剣がその巨体を貫いた。
「思ったより手間取りましたね」
崩れ落ちた巨体の陰から現れた蔵馬が言った。
「ふん。そんな事より、どうなんだ、結界のほうは」
「ええ。上手くいきましたよ。やはりあの妖怪が立っていた後ろの壁にスイッチがありました。これで通り抜けられるはずだ」
僅かに笑みを浮かべ、蔵馬はちらりと城に目をやる。城を覆っていた厚い結界は、もう殆どその機能を失っていた。
結界は、範囲が広がれば広がるほど密度が小さくなり、強度が落ちるものだ。それがあの威力、広範囲で、しかも常に張り続けられているなど、そんな強力な結界師など聞いた事はない。やはり彼らが睨んだとおり、結界は妖力を機械に通すことで強度を増していた。
「……おや」
蔵馬は何かに気付き、目を細めた。…薄くなった結界の向こうから、無数の影が地響きを立てて迫ってきている。
「どうやら、まだそう簡単には城に入れてくれないみたいだね」
「ふ…結界さえ越えればこちらのものだ」
不敵に笑って、飛影は再び剣を握り直す。
「やれやれ…明日の朝までに帰れるかな」
苦笑し、しかしどこか楽しそうにそう言うと、蔵馬は髪の中から一輪の薔薇を取り出した。それを一瞬の内に一振りの鞭へと変え、その様子を傍らから見つめていた飛影に微笑みかける。
「さ、さっさと片付けてしまいましょうか」
蔵馬のその言葉と共に、二人はただ一点、城の入り口を目指して駆け出した。


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