「ここですよ」
公園の小さな滑り台の下を示して、蔵馬が言った。
「ここに、毎日この時間帯になると小さな‘穴’が開く。それを通って行けば、件の城の近辺に出られるはずだ」
「あとどれぐらいだ?」
「早ければもう間もなく。遅ければ、あと小一時間…」
言って、空を仰ぎ見る。
「まあ、今夜は月が明るいから、そんなに待たなくてもいいと思うけどね」
――月は魔を引き寄せる。明るい月の光は、すべての魔の力を強める…。
「ほら、開いたよ」
蔵馬のその言葉とほぼ同時に、ぐにゃりと滑り台の向こう側にある景色が曲がった。ありとあらゆる色が捩れ、歪み、混沌となり、やがて別世界への入り口となる。
「行くぞ」
穴が完全な形になるや否や、飛影が迷うことなくそこへ飛び込む。その背中を追って、蔵馬も軽く地を蹴った。


咲く花

二、

「‘蔵馬’という名を聞いて、もしやと思った」
動揺を抑えてじっと睨みつけてくる蔵馬にうすく笑い、飛影は言った。
「数年前に霊界のハンターに殺られたと聞いていたが…まさか、人間界に逃げ込んで生き延びていたとはな…」
「…何が目的だ?」
殺気を帯びたその強い瞳には、もう動揺の色は浮かんでいない。返答によっては殺す…そう妖気が告げている。
(さすがに、伝説にまでなっただけのことはある…)
僅かな高揚感が飛影の中に湧き上がってくる。…そう、欲しかったのはこの感覚だ。本物の強さを感じさせる、この感覚…。
「勘違いするな。俺はあくまでもお前に協力を求めに来ただけだ。俺の欲しい物にたまたまお前が関わっていた。それだけに過ぎん」
「ならば何故俺の協力を欲しがる?何故俺なんだ?」
蔵馬はきつく問いを放つ。確かに盗賊業において、人数が多いほうがやりやすいことはある。強行突破が必要な時や、強い妖怪が獲物を守っている時などがそうだ。だが、別に蔵馬でなくとも、他の妖怪でも良いはずなのだ。それなのにわざわざ飛影は一年前に一度会ったきりの自分の元へ来た。一体何故か?
「俺はこの辺りでお前以上に腕の良い奴を知らん。」
蔵馬の問いに、飛影はあっさりと答えた。
「それに、貴様はこの宝を一度手放している。盗んだ宝を巡って殺しあうなどということにはならんだろう」
「…なるほど。理由はよく解かった」
深く息を吐いて、蔵馬は机の上に置きっぱなしにしていた紅茶を手にとった。
「それで、協定を結んだことに対する報酬は?」
少しだけ口を付け、再びカップを元の位置へ戻すと、飛影に向き直る。
「そういうことなら別に構いませんがね…丁度身体がなまっていたし、
魔界の様子を一度見ておきたいとも思っていたし…ね」
そう言うと緩く微笑みかけ、しかしすぐに真剣な眼差しになる。
「でも、その報酬が充分なものでなければ俺はこの町から離れない。離れられない…と言うべきでしょうか?」
今自分の母親は、重い病に冒されている。いつ危険な状態になるか解からない身体なのだ。出来る限りあの人の傍にいなければならない。そんな状況の今、蔵馬がこの町を出る時の理由はただ一つだけだ。
「貴様の望みは知っている」
そう言い放った飛影に、蔵馬は驚いたように目を見開いた。
「仕事を終えれば、あの女を救う方法を教えてやる。…それでいいだろう?」
「………解かりました」
すっと軽く目を伏せる。
「一時間後、もう一度ここへ」
その言葉に、飛影は満足げに微笑んだ。


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