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「アタシは遠く離れたところからそれが堕ちるのを見たんだけどネェ、あんまり凄かったんで、爆発が収まってから見に行ったのサ」
彼女が隕石の落下地点に辿り着いたのは、十日後のこと。半径約1キロほどのクレーターの中心に、それはあった。
「驚いたネェ、あんな、頭ぐらいの石ころがぶつかっただけで、その周囲百キロのイキモノがみんな死んじまったんだからサ」
彼女はその隕石が、僅かではあるが青く発光していることに気が付いた。……この地球(ほし)には無い金属が含まれていたのである。彼女はその石を持ち帰り、魔界の獄炎をもってその隕石を溶かし、含まれていた金属を取り出した。

「それから作り出したのが、その指輪サ」
老婆が、愛しそうな眼差しを飛影の手の中にある指輪に向けた。
「指輪………」
老婆と同じく指輪に視線を落とす飛影の脳裏に、誰かの面影が過ぎった。
そう言えば、人間界にはコンヤク指輪というものがあるのだったか。確か、恋仲の者がつける揃いの指輪のことで、それは生涯を共にする誓いの証……だとか。
「恋人に贈り物カイ?」
思考を読んだかのような老婆の言葉に、飛影はぎくりと背を伸ばした。
「そんなものじゃない!!」
やっきになる飛影に、老婆はまたけらけらと笑って言う。
「早いうちに貰っといた方がいいヨ〜可愛いコは油断してるとすぐに掻っ攫われちゃうからネェ」
「……………」
「人間界では指輪は所有の証だそうだからネ、指輪をつけているの見たら、面白いように散っていくサ。まあ虫除けってやつかネ」
そんな効果があるのか、と飛影は感心する。
老婆の言うとおりだ。このままでは、本当にいつか蔵馬を奪われるだろう。誓いだとか、証だとか、下らないと思う。それでも、たまにはそういうものも良いかもしれない。
思えば、今まで一度も自分の想いを蔵馬に告げたことなど無かった。蔵馬は時折、冗談めかして時にその言葉を求めてきたが、はぐらかしてばかりだった。滅多にものをねだったりしないあの蔵馬が………
「おい、いくらだ」
ぐっと指輪を握り締め、飛影はすっくと立ち上がった。老婆は一瞬びっくりしたように小さな目を丸くしたが、すぐににっと笑い、言った。
「高いヨ、そうさなあ………少なくともあんたの持ってる二つの氷泪石と同等の価値はあるカネ」
「な………」
飛影は驚き、思わず首からぶら下げているそれを服の上から庇うように掴んだ。そんな飛影の様子に、老婆は楽しそうにけらけらと笑う。
「どうして解かったって面だネエ、何千年もお宝を扱って商売やってるんだヨ、嗅ぎ分ける鼻くらい持ってるサ」
ひとしきり笑った後、老婆はすっと細めた目で飛影を見上げる。
「どうする、それとこの指輪と、交換するカイ?」
「………………」
飛影は迷った。氷泪石を取るか、指輪を取るか。蔵馬にやるために、この指輪は欲しい。別に他の指輪でも良いのかもしれないが、飛影には、何故かこれ以上蔵馬に相応しいと思えるものは無いような気がした。
僅かに青い、銀色のそれ。見つめていると吸い込まれそうになる、その魔性の輝き。
蔵馬に似ている。
あの時立ち止まったのは、無意識にそう感じたせいかもしれない。
だが、氷泪石と引き換えにはできない。自分の分だけならまだしも、雪菜の分まで………
氷泪石は……しかも、氷女が子を産むときに流したそれは、特に価値が高く滅多に手に入らない伝説級の代物だ。それ二つ分……代わりの宝を手に入れるには何千年を要するだろう。
「随分と迷ってるみたいだネェ」
ぽりぽりと長い爪で額を掻いてから、老婆は椅子に座り直した。
「仕方ない、大サービス。その二つの氷泪石を担保にして、三日以内にもう一つの指輪を探してきてくれたら、両方アンタにやるヨ」
「何………?」
どういうことだ、と飛影は鋭い瞳を老婆に向けた。
「アタシが作った指輪は二つ。そのうち一つはある場所で落としてしまってネェ。それを見つけてくれば、二つの指輪は両方アンタのもの、氷泪石もちゃんと返す。見つけられなかったら指輪はやれないし氷泪石もアタシのもの。どちらかが大儲け、どちらかが大損するってわけだ」
「………俺が見つけられないと確信しての交渉か」
ちっと舌打ちする飛影に、老婆はおかしそうにけらけらと笑った。
「そりゃァ、今まで誰に頼んだって見つからなかったんだからネェ」
だからアンタにもきっと無理だろうさ、と笑う老婆に、飛影はきっと唇を噛み締めた。
「おい」
ばっと顔の前に突き出された右腕に、老婆が驚いて身を退いた。そこに握られているのは、淡く光を放つ二つの氷泪石。老婆の目がにっと細められた。
「行くんだね。見つからないかもしれないんだヨ」
「なめるな、俺を誰だと思っている」
「……確かに、邪眼があれば見つけ出すのは簡単だろうネェ」
「?」
老婆の言葉にひっかかりを覚えた飛影が、その意味を問おうとする間もなく老婆がさっと飛影の右手から氷泪石を掠め取った。その素早さに飛影も唖然とする。
「もう返却はできないヨ、男に二言は無いだろう?なァに、三日経つまでは他の誰かに売っぱらったりしないから、さっさと行ってきナ。アタシが指輪を落としたのは虚士(きょし)の谷だからネ」
「なっ……」
その名を聞いて驚愕の表情を浮かべる飛影に、老婆はひらひらと手を振った。


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