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飛影は不機嫌な妖気を辺りに撒き散らしながら、魔界にある商業都市の路地裏を歩いていた。こうしていればその辺にいるごろつき達が絡んでくる。そいつらを相手にして適当にストレスを発散できるために、機嫌が悪い時はよくここに来ていた。
だが、今日は誰も飛影に近寄ってこようとしない。そればかりか、皆恐れおののいて逃げていってしまう。
(ちっ、どいつもこいつも腰抜けが!!)
ちき、と腰の刀を鳴らし、飛影は舌打ちした。それがますます皆を遠ざけた。意識しないままに歩調が上がる。
(どれもこれも全てはあいつのせいだ)
脳裏に浮かんだ顔に、飛影は拳を握り締めた。
手に入ったはずなのに、いつまでもそう思えないその存在。
この間だってそうだ。用があって蔵馬の会社まで行ったら、見知らぬ女が彼に抱きついていた。後でそのことについて問い詰めると、
「どうも、オレに好意を持っててくれたみたいで」
と、困ったような笑みを浮かべながら答えた。
「大丈夫、全部断ってるから。オレにはもう心に決めたヒトがいるってね」
「全部?」
「うん……まあ、あるんですよ、たまに」
「お前のたまにはどれくらいだ」
「えっと、月に一回あるかないか……かな」
ぞっとした。
自分の知らない間にそんなやりとりが、蔵馬曰く『たまに』行われているのだ。
いつか誰かに奪われる。さらってでも手に入れたいと思っている奴だっているはずだ。もし自分ではなく他の誰かを蔵馬が選んでいたら、間違いなく自分はその一人だっただろう。
いつか、なくす。
自分はそんな思いを抱いているというのに、蔵馬は何事もないかのように笑っている。そのことが余計に飛影を焦燥に駆り立てる。自分だけが振り回されている。
(面白くない!)
いつの間にか全力疾走していた足をぴたりと止める。ここにいても意味が無いと、ばっと黒衣を翻して踝を返そうとした、その時。
「………………?」
ふと、視界の端に飛び込んできた光。
立ち止まり振り返る。
どうやら露天商のようだ。古ぼけた、幾何学模様の描かれたマントを身体に巻きつけた老婆が、同じく年季の入っていそうな布の上に様々な物を並べ置いている。壺、絵画、香水瓶、小箱、像……一見するとガラクタにしか見えないような物まで。
その中で。
一つだけ、太陽の光を反射して輝いているものがあった。屈みこみ、手にとってみる。………指輪だった。何の金属で出来ているのだろう?僅かに青みがかった銀色のそれは、見つめているとまるで吸い込まれるような感覚に陥る。

「それがお気に入りカイ?」
頭上から降ってきた声にはっと我に返り顔を上げる。露天商の老婆が皺だらけの顔をもっと皺だらけにしてにんまりと微笑んでいた。
「………何だ、これは」
邪眼を通して見つめてみても、何の物質から出来ているか判断できない。盗賊である飛影が今まで一度も見たことの無い金属だった。
「邪眼師さんでも解からないカイ、まあ無理もないがねェ」
けらけらと笑う老婆に少々むっとしながらも、事実であるがゆえに反論できない。
「それはねェ、隕石から出来ているのサ」
言う老婆の眼が得意げに細められた。
「隕石?」
「そうさァ、昔、アタシが人間界に行ったときに降ってきたんだヨ」
凄い爆発だったと、その時の光景を思い出したのか老婆は天を仰いだ。


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