最近、虫がうるさい。
いや、虫といっても、羽やら触角があるあれではないのだが。

「蔵馬さん、お話が――……」
「蔵馬っ!俺と飯でも喰いに――……」
「きゃあ〜!蔵馬くぅ〜ん!!」
「南野君、今日時間ある?」
「南野さん――……」
「南野――……」

…………まったく、どいつもこいつもっ!

RING RING

1

「何だか随分、ご機嫌斜めじゃありません?」
そう声をかけても「ふん」とそっぽを向いてしまった飛影に、果たして自分は何かしてしまっただろうかと首を傾げる。久しぶりに会えたというのに、ちっとも嬉しそうではない。まあ、彼の無愛想さは今に始まったことではないが、それでも自分といるときは、いつもよりも心持ち、穏やかな表情を浮かべているというのに。

「………飛影、オレ、何かしました?」
窓の方を向いたまま、こちらを見ようとしない飛影に、蔵馬はそう訊ねてみた。
「……………」
不安げな声色を感じ取ったのか、不機嫌そうな顔だけが振り返る。しばらく無言で視線を交わしてから、
「………何も」
そう言って、またふいと顔を逸らしてしまう。飛影がそんな態度をとる理由が解からず、蔵馬は哀しげに眉を寄せた。しかし、それ以上詮索はしない。彼が何よりそれを嫌うことを、蔵馬は重々承知していた。言いたくないことなら、無理に聞く必要はない。彼の機嫌が直るのを気長に待つことにし、お茶でもいれに行こうと立ち上がった。その腕を、
「……?」
飛影が掴んだ。
「飛影……?」
どうしたのか、とは、聞けなかった。その赤い瞳が、あまりにも真剣だったから。そして次の瞬間、首筋に走った小さな痛み。
「――――っ!!」
慌てて振り払うが、もう後の祭りだった。刻み付けられたのは、髪にも、襟にも隠されない白い箇所。
「飛影っ!あれほど見える所にはつけないでくれと――……」
頬を僅かに紅潮させながらも上げた非難の声は、重なった飛影の唇に呑み込まれる。一体、何がどうなっているのか。次第に深くなっていく口付けに翻弄されながら、蔵馬は白くなっていく思考を必死にたてなおす。今日の飛影は、まるでわけが解からない。先ほどまであんな態度をとっていたくせに、何だこの展開は。
解からない。解からないが、今はとにかく止めさせなければ。そう判断した蔵馬は、思いっきり飛影を突き放した。
「やめろっ!!」
その叫びに、飛影の眼が大きく見開かれたように見えたのは、見間違いだろうか。
「………一体、何がしたいんだ」
飛影の腕からようやく逃れた蔵馬は息を荒げながら、キッと飛影を睨み上げた。感情の高ぶりと共に、膨大な妖気が身体の底から湧きあがってくるのを必死で押さえつける。
「今日の貴方はどうかしている。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ。でないとさっぱり――……」
「どうすれば――」
言いかけた、蔵馬の言葉を遮った声が、
「?」
一瞬、その瞳に宿った光が、
「どうすれば、俺のものになる――……」
切なさを帯びたものであったことは、気のせいではない。
飛影の言葉のもつ意味を掴み取ることが出来ない。床に座り込んだまま、呆然としている蔵馬にくるりと背を向けると、
「…………帰る」
「な――……!?」
呼び止める間もなく、飛影は漆黒の闇の中に姿を消した。
「何だったんだ、一体………」
残された蔵馬は困惑の表情を浮かべたまま、今しがた刻み付けられた赤にそっと触れた。


2

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