02. 秘めごと

side K

「今度は、いつ頃こちらに?」
剣を腰にさし、黒衣に袖を通している彼に、壁に寄りかかりながらお決まりの質問をする。
「解からん。暇があれば、だな」
これもまた、お決まりの返答だ。
「ま、十年先でなければお待ちしてますよ」
そんなオレの言葉にふん、と鼻を鳴らすと、彼はいつものように、黒い軌跡を残して窓から身を躍らせた。
それが夜空に溶け込んで完全に見えなくなるまで見送ってから窓とカーテンを閉め、それからこっそりとため息をつくのも、いつものこと。
「暇があれば…ね」
じゃあ、暇が無ければ来ないのか…なんて、バカな思考に苦笑する。
彼の仕事は忙しい。上司はおっかない(…なんて、彼に言ったら‘それじゃあまるで俺がヤツに脅えているみたいじゃないか’とか言われそうだが)。無断欠勤なんてしようものなら、どうなることやら解かったものではない。
だから、ここに来るのは暇なとき。ようするに……
「優先順位は低めかな」
自分で声に出してみて、そのバカらしさにもう一度苦笑するはずだった唇は……意思に反して、小さく噤まれた。
そんなこと、当たり前だ。
解かっているのに、胸の中を渦巻く黒い感情を自覚せずにはいられない。
……嫉妬、だ。認めたくはないけれど、それ以外の何ものでもない。
彼は、こんなオレを知らないだろう。知る必要はないし、知って欲しいとも思わないが。

――ねえ、飛影。
本当に十年、暇というものが無ければ、お前はどうするんだろうな。

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side H

「遅い」
魔界の大地に足をつけた瞬間、飛んできたお決まりの声がうっとおしい。
「二十分遅刻。罰として三日間休息無し」
わざわざ森中に響くようなスピーカーで言わなくてもいいものを……。俺への嫌がらせのつもりか、はたまた後で直接面と向かって伝えることが面倒なのか。理由はどうあれ、あの女はいつもこれだ。
「たかが二十分程度だろう!何故三日分も休息時間を抜かれねばならん!」
十メートル先で停止している百足にむかって、いい加減言い飽きた質問をする。
それに対しての回答も、もうとっくに聞き飽きた。
「ただでさえお前には余分に休みをやっているんだ。文句があるなら特別休暇を取り消すが?いいのか?」
スピーカーの向こうでヤツが笑った気配を感じ取り、俺は身構える。
「恋人に会えなくなるぞ?いいのか〜?」
…………だから、何でいつもそこでスピーカーの音量を上げるんだ貴様は!!
あちこちから上がるうっとおしい冷やかしの声を背に、百足の上に跳び乗る。
「いいなあ〜飛影さんの恋人」
異動になったとかで最近新しく入ってきた女(名前は忘れた)が、縁に腰を下ろし、足をぶらつかせながら俺を見上げてそう言った。
何が言いたい。睨んでも女は脅えもせず言葉を続けた。
「自分に会うために特別休暇だなんて…普通一日五時間ある休み時間を二時間に減らさないといけないんでしょう?」
そんなの耐えられない、と女は大きく伸びをした。それからもう一度こちらに向き直り、笑いかけてくる。
「恋人さん、喜んでるでしょう?」
「………いや」
思わず答えてしまい、慌てて口を噤んだがもう遅い。
女はもともとでかい目をますます大きくして不思議そうに俺を見つめる。
「何で?」
「………あいつはそのことを知らない」
「あら……」
そう言って、俺を見つめたまま固まってしまう。
何なんだ、こいつは。そう思っていると、
「――んもぉ〜〜〜…ステキッッッ!!!」
ひゅっと風を切る音がしたかと思うと、背中に衝撃が走った。どうやら不覚にも油断していたらしい。女が思いっきり叩いたのだと気付くのに少しの時間を要した。
「んも〜んも〜んも〜!!!」
訳の解からない奇声を発しながら女はなおもばしばしと音を立てて俺の背中を叩きつづける。……何なんだ、こいつは。
ようやく気が済んだのか、大きく息を吐き出すと、振り回していた手を下ろし、もう一度、深い笑みを湛えた表情で俺に向いた。
「今度恋人さんに会わせて下さいよ!!私から特別休暇のこと、お話しますから!!きっと凄く喜びますよ…飛影さんのこと、もっと好きになってくれますって!!」
そう言ってから再び騒ぎ出した女をほっといて、俺は額の布を取った。
喜ぶ、か……それでも、知らせる必要などどこにもない。
言えばどうせあいつのことだ、‘そんな無理してまで会いに来なくていいから、ちゃんと休息を取れ’なんて言うに決まってる。
きっと無理にでも俺を人間界に来させないようにするだろう。そんなことはゴメンだ。
俺があいつのところへ行きたいから行くだけ。決して、あいつのためじゃない。
邪眼を、開く。
ベッドに身を横たえ、安らかな寝息を立てているその姿を確認し。
仕事に取り掛かるべく、意識を魔界の入り口付近に集中した。

2004〜2005?


01.はじめまして
17.君は誰

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