人間ってめんどくさい―クリスマス本番編2

「貴様ら、そこで何をしている」
低い飛影の問いに、他と頭の形が僅かに違う一体がひょこりと群れから出てきて答えました。
「人間界を征服するための計画を準備していた」
年老いたようながらがらの声でした。それに続いて次々と他が声を上げ始めます。
「今夜はクリスマスイヴとかいう人間界では神聖視されているらしいイベントだからな!そんな夜にこいつを一発あのぴかぴかしてるデカい木の傍に落として、ボカーンとやっちまおうって訳よ!」
そういう一体が示したのは群れが取り囲んでいる塊でした。察するにどうやら爆弾のようです。ぴかぴかしている木というのは、さっき皆で見に行ったイルミネーションされたクリスマスツリーのことでしょう。確かにたくさんの人が集まっていて、あそこに落とせば結構な惨事になるでしょう。
「我々の大いなる計画の第一歩だ!」
「お前達も一緒にどうだ?人間界をオレたちのものに――」
その台詞が最後まで紡がれることはありませんでした。既に胴から上は蔵馬の鞭によって叩き落されていたからです。
「……あ?」
「ああ?」
「ああああ?」
「ああああああああああ!!」
凄まじい音の波が襲い、飛影と蔵馬は思わず耳を塞ぎました。妖怪の群れが一斉に奇怪な雄叫びを上げ始めたのです。どうやらこれはこの種族が持つ特殊能力のようでした。
二人が怯んでいる隙に妖怪たちはばらばらと闇の中へ逃げようとします。それを蔵馬が咄嗟に飛ばした花弁で切り刻みますが、仕留められたのは一部だけで他はそれをすり抜けてしまいました。その中にあの爆弾を抱えて逃げている妖怪がいることに蔵馬が気付きました。あれを爆発させられたら大変なことになります。
蔵馬が後を追うために跳びました。その動きに気付いた他の妖怪たちが今度は蔵馬を追おうとし始めます。それを阻止しようと飛影が回り込むと、再び音による攻撃が飛影を襲います。数が減った分威力は落ちていますが、それでも頭がおかしくなりそうでした。
「ふざけやがって!」
こういう輩は燃やすに限ると右手を掲げた飛影ですが、ふと自分の今の格好を思い出しました。
『オレが汗水流して働いた金で買ったんだから、破ったり燃やしたりしないで下さいね』
耳の奥で蘇った蔵馬の言葉が飛影の身体を硬直させます。もし炎を出したりしたら袖口が燃えます。絶対。間違いなく。確実に。刀は蔵馬に取り上げられたので持っていません。こうなったら使えるのは己の身体のみ。一体一体素手で潰していくしかありません
「面倒だ!」
飛影は吼えますが、他に方法がないので仕方ありません。

飛影が最後の一匹に取り掛かっていると、何とか爆弾を片付けたらしい蔵馬が帰ってきました。
「何かあったんですか?少し手こずっていたように見えたが……」
ようやく全て片付け終わったところ、蔵馬が声をかけてきます。
「別に何もない」
本当はアリアリなのですが、飛影はそう言ってフンと鼻を鳴らすといつものように両手をポケットの中へ突っ込みかけました。しかし拳が妖怪の血で汚れていることに気付き、結局そうせず拳を両脇に下ろしました。血をつけるなとは言われていませんが、多分燃やしたり破いたりするのと変わらないだろうと思ったのです。
自分にじっと向けられている視線に気付いて飛影が顔を上げると、目が合った蔵馬は何か酷く驚いたような表情をしています。そのことに飛影の方がびっくりしてぽかんとしていると、蔵馬はふと顔を綻ばせ、飛影の血塗れた右手を取りました。慌てて遠ざけようとしましたが、やわらかい力で蔵馬の手のひらに包み込まれてしまうともう振り払うことは出来ませんでした。蔵馬の指はいつもよりも冷えていましたが、さっきまで妖怪相手に暴れていた飛影にとっては丁度心地良いほどでした。
白い息を吐きながら蔵馬が囁きます。
「家に帰ってあたたかい物でも飲みましょうか。……今夜は、泊まれるんでしょう?」
泣きそうな、困ったような、それでいて嬉しそうな、何ともいえない微笑でした。それがどういう感情を表しているのか飛影にはよく解かりませんでしたが、ただどうしようもなく、蔵馬のやわらかい唇に口付けたくなったので、そうしました。

2007.12.25


クリスマス本番編1
正月編

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