人間ってめんどくさい―正月編

先週に引き続いてまた休暇がもらえた飛影はやっぱり人間界にやってきました。
行けるうちに行っとかなければ次いつ機会があるか解からないのです。
前回の訪問からまだ数日しか経っていません。このペースでしたら今日はきっと蔵馬も笑顔で迎えてくれるでしょう。
というわけで遠慮なく窓を開けて室内に入ろうと足をかけたところ、
「あっ!飛影ちょっと!」
猛烈な勢いでストップがかかりました。これは予想外です。
「おい、何のつもりだ」
怒り交じりの声になってしまうのも無理はありません。
蔵馬は飛影の身体を外へぐいぐい押し出すのです。
これは入ってくるなと言われているのでしょうか。帰れ、という意味なのでしょうか?
そう思ってイラッとした飛影ですが、どうやらそうではないようです。
飛影を押さえつけながらも蔵馬は笑顔で言いました。
「飛影、明けましておめでとうございます」
「何だそれは」
「人間界では昨日で新年、つまり新しい年を迎えたわけです」
「それがどうした」
「新年を迎える前にその年積った埃や汚れを綺麗に落としましょう、それが日本の風習です」
「だから何だ」
「せっかく年末綺麗に掃除したのでね。土足は遠慮してもらえますか」
つまり靴を脱げと、そう言いたいようです。
しかし家に上がるときは靴を脱ぐという習慣がなく、これまで土足で堂々と蔵馬の部屋に上がりこんできて、尚且つ人間界の慣わしなどまったく知ったことではない飛影にとっては素直に聞くにはちょっと納得のいかない要望なので一応反抗しておきます。
「また掃除すれば良いだろう」
「掃除するのは誰ですか」
一瞬の間もなくそう言われてしまえばもう黙ってしまうしかありませんでした。
渋々靴を脱いだ素足を部屋の床に下ろした飛影です。
脱いだ靴は床に敷いた新聞紙の上にきちんと揃えて収められました。
これで文句はないだろうと飛影は胸を張って堂々と部屋の真ん中まで行くと、ぐいっと蔵馬の腕を引っ張ります。
抵抗なく腕の中に倒れこんだ身体を抱き締めて、長い髪に隠された首筋に口付ける、というよりも擦り寄るようなかたちで顔をうずめると甘い香りがしました。
植物を武器とする彼からはいつもそんな匂いがします。
それに劣らず唇もまるで花弁のようでとても甘いのです。
お前は全身花なのかと言いたくなります。
もっとも、飛影は実際の花にはてんで興味がありませんでしたが。
蜜にぬれた唇を思う存分堪能した後は、もっと他の部分も味わいたくなってきます。
というわけできっちり締められたシャツのボタンに指をかけたのですが、
「あ、飛影ちょっと」
ここでまたストップです。
何で止めるんだ良いとこなのにと睨むような視線を向けると、言いたいことはしっかり伝わったようであっさりと蔵馬は答えました。
「掃除したばかりだって言ってるでしょう」
つまり部屋が汚れるのは嫌だと言ってるのだ、ということはさすがの飛影でも二回目なので理解しました。
ならばと立ち上がってベッドに向かおうとしたのですが、
「ベッドのシーツは替えたばかりで、布団も干したんだけどね」
じゃあどこにしろというのでしょうか。
「貴様……」
「えーと、新年だから清潔な気持ちでいたいと言いますか、だからほら、こういうのはやっぱり……」
曖昧に笑ってみせる蔵馬に、ついにキレました。
「ちょっ……!」
抗議の声を上げるのも無視してシャツの裾から手を突っ込んでやりました。
冷たい、と身を捩じらせるのを押さえ込んで抱き締めた身体は熱を帯びていて飛影はほくそ笑みます。
口ではあーだこーだ言いながら身体の方はしっかりその気になっているようです。蔵馬というのは本当に、なんて可愛くないのでしょう。
「日本の風習とやらはよく知らんがな、これは知ってるぞ」
耳もとで囁いてやると、蔵馬が小さく息を呑みます。
その反応に飛影は込み上げてくる笑いを抑えることができませんでした。
「姫始め、だったか」
「どうしてそんな言葉は知ってるんだ!」
飛影の新年初流血は狐の爪による引っかき傷でした。

2008.01.01


クリスマス本番編2

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