あれが最後の力だったのか。
飛影は、先ほどまでいた洞窟が完全に見えなくなるところまで来ると、急激に速度を落とした。
そうしてついに、木の幹に寄りかかるようにして崩れ落ちる。
荒い息を繰り返す飛影を静かな瞳で見つめ、蔵馬は彼の傍に歩み寄る。
『……苦しいんですか』
囁くような問いに、飛影は答えない。
答えられないのかもしれないが。
蔵馬は飛影の傍らに膝をつくと、血の気の無い頬にそっと自分の頬を寄せた。
そして、聞こえないのではないかというほど小さな声で、ゆっくりと言った。
『もう……放してもらえないか、飛影』
「………なん、だと?」
うつろな紅い瞳が、けれど鋭い光を宿して蔵馬を睨みつける。
『これ以上オレが貴方の傍にいたら……オレは貴方を殺してしまう』
「その通りだ、飛影」
突然の声に顔を上げる。
目の前にコエンマと、幽助がいた。
幽助は蔵馬に一瞬小さく笑いかけると、ふっと哀しげな表情をした。
「お前が今そのような状態になっておるのは、蔵馬がいるからだ」
コエンマの言葉に、蔵馬は眼を伏せる。
……聞いているのが辛かった。
「霊体が昇天せず地上に留まり続けるには、生きている者のエネルギーを必要とする。
俗に言う‘憑かれる’とは、常にそのエネルギーを吸い取られていることを言う。
‘憑かれた’者は身体が重く感じたり、疲労感が取れなくなったりする。
――……飛影」
コエンマの呼びかけに、飛影の肩がびくりと揺れた。
「今のお前は、蔵馬に‘憑かれ’とる状態だ」
「蔵馬がいる限り、お前の衰弱は進み、いずれ死ぬ」
「蔵馬を放せ、飛影」
「――……ふざけるな」
飛影の返答に、誰もが悲痛の表情を浮かべた。
「……仕方が無いな」
重く吐息を吐いたコエンマが、すっと蔵馬に視線を向ける。
予想できる言葉に蔵馬の身体が強張った。
「ならば蔵馬、お前がその足枷をはずせ」
「………何…?」
驚きに見開かれた飛影の瞳が蔵馬を映す。
蔵馬は何も言わず、黙ったまま、眼を伏せている。
「どういうことだ!?俺が鎖を放さない限り離れられないのではなかったのか!?」
飛影の言葉に、コエンマはゆるゆると首を横に振った。
「足枷をはめ、鎖を握ったのは確かに飛影、お前だが……」
蔵馬を呼んだのは――必要としたのは、飛影。
「鍵をかけたのは蔵馬。お前に呪縛をかけられることを望んだのは、こやつ自身だ」
呼ぶ声に応えたいと――共にいたいと願ったのは、蔵馬。
「鍵をはずす、はずさないは蔵馬しだい。
お前が地上に留まっておるのは飛影が望んだからではない。
お前が望んでそこにいる。――……違うか?蔵馬」
「――……ええ」
僅かに震える声が、はっきりと肯定した。
「その通りです、コエンマ」
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