呼吸が重い。
鉛が詰まったように頭が働かない。

例えれば、長く激しい戦闘を終えた後のような疲労感だった。
日を追うごとに、症状は悪化していく。

最初の異変からおよそ一週間。

辛うじて魔界にある洞窟に辿り着けたものの、ついに立つことすら出来なくなった。


『飛影……』


悲痛な面持ちで蔵馬が覗き込んでくる。
それさえ、滲んで見えた。


――何もできない。


蔵馬は唇を噛み締める。


見ていることしかできない。
生きていたならば、何らかの介抱ができたのに。

薬草さえ用意できない。

水すら――与えてあげられない……


それに、と蔵馬は思う。

飛影がこうなってしまった原因に、心当たりがある。
そして、それは――


『………!』


感じた気配に振り向く。
見れば、洞窟の入り口に女が立っていた。
だが、ただの女ではない。

着物を着、櫂を持った女。

霊界案内人。

とたんに鋭くなった目で見据え、飛影を庇うように立つ。


「南野秀一。霊界へとお戻りなさい」


凛とした女の声が洞窟に響く。


……やはりか。


蔵馬は思い、そっと眼を伏せた。

いつかは霊界からの使者がやってくるのだろうと、覚悟はしていた。

自分を迎えに。
正確には、南野秀一を、であるが。

妖怪の魂は人間の輪廻転生には関係無い。
したがって死んだとしても霊界には逝かないのだが、蔵馬の魂は人間…南野秀一と融合している。

蔵馬が霊界にこなければ人間の輪廻の環が狂ってしまい、霊界としては厄介なのである。


「南野秀一、コエンマ様がお待ちです。霊界にお戻りなさい」


もう一度、女が言う。

蔵馬は何も言わない。

女が一歩踏み出した。

途端、蔵馬と女の間に凄まじい炎が立ち上った。


『飛影!!』


いつの間にか女の背後に移動していた飛影に、蔵馬は驚きの声を上げた。
そして突然のことに呆然となっている女の脇をすり抜け、彼のもとに駆け寄る。


「邪眼師・飛影!南野秀一をこちらへ渡しなさい!!」


炎の渦に閉じ込められた女が叫ぶ。
飛影はふらつく足で必死に身体を支えながら、うっすらと笑った。


「こいつは渡さない。俺が鎖を放さない限り、蔵馬は俺のものだ」


そう言い残すと、飛影はあっという間に森の中へと姿を消した。

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