『飛影』
聞き慣れた声が自分の名を呼ぶ。
もう二度と聞くことは無いのだと思っていた。
『今日はどちらへ?オレ、行きたいところがあるんですよ』
肩を並べて。
歩調を合わせて。
「昨日も貴様が行きたいと言ったから、十三層部の樹海に連れて行ってやったんだろうが」
『体力を回復させるための薬草を採るためにね。
オレは別に行きたいわけじゃなかったんだけど、
誰かさんが今にも死にそうな顔をしていたので……』
「………………」
こんなやりとりにも安堵する。
元通りになったのだと思える。
そう、すべて元通りに戻ったのだ。
違うのは、蔵馬の肉体がなくなったこと。
自分の意思では移動することができなくなったこと。
そして、ずっと俺のそばにいること。
それだけだ。
蔵馬の身体はなくなっても、心はここにいる。
肉体などただの器だ。
「………どこに用があるんだ」
そう言えば、蔵馬の顔が嬉しそうに綻ぶ。
『人間界の、以前のオレの家に』
人間界と聞いて、飛影の目が一瞬険を持つ。
それを見とめた蔵馬が、少し困ったような微笑みを向けた。
『庭の桜をね、見ておきたいなと思いまして……最後に』
「最後、だと?」
『ええ。もう、人間界には行くことはないでしょうから』
照れたように眼を伏せる。
そのしぐさに見惚れた。
『貴方の傍に、ずっといるから……』
その言葉は、誓いのようにも聞こえた。
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