(まだただの戦友同士)


夜に堕ちる side:K

明かりを落として十数分。ようやく睡魔が訪れかけたころ、音もなく部屋の窓が開かれた。床に長く伸びる影の形を見なくても、それが彼であることは解かっている。
「いらっしゃい、飛影」
身を起こして名を呼ぶと、夜の中で僅かな光を弾いて冷たい焔の瞳が振り返った。
「起きたのか」
少し、意外そうな声。どうやら彼はオレがもう眠っているものだと思ったらしかった。
成る程、普段あんなに乱暴な窓を開けるという行為が今日はあんなふうに大人しかったのはそういう理由のようだ。そう納得しながら、オレは立ち上がる。
「まだうとうとしていただけなので」
灯りをつけると、闇に慣れた目が一瞬眩んだ。それは彼も同じなようで、眩しそうに大きな目をすがめている。その仕草がまるで猫のようだ、と思い、少し頬が緩む。差し詰め黒猫といったところだろう。黒猫の方が白よりもどこか凛々しく、孤高に見えて、オレは何となく好きだった。
「今日はどういった用件で?」
そんな彼が知れば間違いなく怒り出すだろう心中を気取られないように問いかけに、飛影は握り締めていた右手を差し出した。釣られてオレも手のひらを広げると、その上へぱらぱらと何かが落とされる。
目にしたオレは驚かずにはいられない。
それは、魔界植物の種や葉だった。しかも、数日前切らせてしまったそれらだ。
「それを持ってきただけだ」
こともなげに言う彼が引いた腕の包帯が一部断ち切られているのが目に映って、オレは困惑する。
「とってきてくれたんですか?わざわざ?」
なくなったけれど取りに行けなくて困ったと、彼の前で嘆いてしまった記憶はある。
けれどそれは仕事が忙しいとか、最近なかなか魔界に行けないといった意味合いの愚痴のようなもので、決して他意があったわけじゃなかった。
この中の多くは攻撃的で毒や棘といった危険な武器を持っている上、群生している。
炎を操る飛影といえども安易に手を出して良い植物ではないというのに。
「丁度手応えのある相手を探していたからな。ついでだ」
そう言って唇の端を上げてみせる飛影に、オレは居たたまれないような気持ちになる。
オレの手の中にあるのは確かに貴方の相手になるような植物たちの種だ。でもそれだけじゃない。それらの生息地から遠く離れた場所にしか生えない、その蜜の毒しか身を守る術を持たない花の実が、貴方の手の温もりのうつったそれがある。
「じゃあ、これは?」
何故、と問いかければ少し視線を反らせて黙る。
「ついでだと言っただろう」
何よりも煩わしいことを嫌う貴方が、ついでで、こんな。
飛影、飛影。
それを何と呼ぶか貴方は知らないだろう。
それは人間にとって何よりも美しくて何よりも手に入れるのが難しいものだ。
教えたくてたまらないけれど、伝えれば貴方はきっと認めないだろう。怒り、傷つき、困惑し、そしてわざと、持っていない振りをするだろう。自分は違うのだと、否定するために。
だからオレは貴方に告げない。貴方にだけはまだ、教えられない。
あと幾年かの時が、出会いが貴方を変えて、これを自分の持つものとして受け入れられるようになる日が来たとすれば、その時オレは貴方にすべてを伝えよう。
それまでは、オレが知っているから。貴方がそれを持っていることを。幽助や桑原くん、貴方の半身だってきっと、ちゃんと知っているから。
「助かったよ飛影、ありがとう」
だから今は精一杯、笑って。
「傷の手当て、しましょうか」
精一杯、応えたいんだ。

side:H

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