21. Cry for the moon.

2

自分の子どもが欲しいなど、考えたことも無かった。無くても充分幸せだと感じていたからかもしれない。だが、飛影は?子どもが欲しいと、一度でも思ったことがあるのではないか?けれど自分は生むことは出来ないから、彼はその望みを口に出そうとはしなかったのではないだろうか?自分が、彼の望みを叶えられないことに傷つくと、そう思って――

だからすがめの話を聞いて、ひょっとしたらその望みを叶えてやれるかもしれない、そう思ったとき、喜びと同時に、どうしようもなく申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。自分が女ではないことを恨みはしなかった。ただ、そんなモノを使わないと、彼の望みを叶えて上げられない自分自身が、どうしようもなく、情けない存在のように思えた。いつだって、飛影は自分の望むことを叶えてくれるというのに。

「………黄泉のところに行けば、恐らくオレ達の願いを聞き入れてくれるでしょう」
「…………」
「だから、飛影―――」
「貴様はどうなんだ」
「…………え?」
飛影に問われ、蔵馬は目を見開いた。荒い手が、蔵馬の細い顎を掴んで引き寄せる。
「欲しいと思うのか」
真摯な眼差しに、蔵馬はゆっくりと頷いた。
「貴方が、望むなら」
「―――………バカが」
「―――――っ!」
突然首筋に降りた感覚に、蔵馬は小さく息を詰めた。
「子どもが欲しいと思うなら、女を抱けば済む話だ」
赤く刻みこんだ印に舌を這わせながら、囁くように告げる。
「お前にそんなものは初めから望んでなどいない。仮にお前の言うように、作れる手段があったとしても、だ。まあ、お前が望むと言うのなら、考えてやらんでもないが……」
「…………また」
「何?」
小さく呟かれた言葉に、飛影は眉をひそめた。
「また、貴方はオレの望みばかりだ」
自分は貴方に与えられないのに、また貴方は自分に与えようとする。俯く蔵馬に、飛影はフン、と鼻を鳴らした。
「貴様に言われたくないぞ、蔵馬。
お前こそもっと自分の望みを言ってみたらどうだ」
「な………」
思いがけない言葉に、蔵馬は呆然とする。
「いつだって貴様は俺や他のヤツらのことばかりだ。与えておきながら、自分は何一つ欲しがらない。もう少し貪欲になれ。じゃないとこっちがやりにくい」
「………………」
信じられなかった。

自分は飛影からたくさんのものを欲しがって、与えられてばかりいたと思っていたのに。そして飛影は何も望まず、自分は彼に何もしてやれないのだと。けれど、今飛影が言った言葉は、自分の考えとは全く逆のものだった。………結局は飛影も、自分と同じことを思っていたのだ―――……

飛影も自分と同じ思いだった。そのことがわかった瞬間、どうしようもなく嬉しく、そして照れくさくなってくる。それを隠すため、蔵馬は飛影の胸に己の顔を埋めた。
「オレは、貴方がいれば何もいらない」
囁いて、尚増す面映さに、頬をすり寄せる。それを抱き締めて、拗ねたように飛影が言った。
「嘘をつけ。もっと他にあるだろう」
「本当だよ」
くすくすと笑う。そう、それは本当の思い。飛影さえいれば、これ以上望むものなど無かった。
「飛影は?」
「何だ」
髪を掻き揚げ、額に唇を落としてくる飛影を見上げる。
「望み、あるでしょう」
「無い」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
嘘だ、もう一度そう言いかけた唇を、頬を降りてきた飛影のそれに塞がれた。赤く濡れたそこを指で辿って、挑戦的な眼差しを向けて彼は一言、
「欲しい物は、すべて受け取り済みだ」
不意打ちの台詞に対する抗議は、再び降りた唇に遮られた。

2004〜2006?


21.Cry for the moon.1

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