人間ってめんどくさい―クリスマス準備編

「服を買いに行きましょう」
開口一番に飛び出してきた蔵馬の台詞がこれだったので、飛影はらしくもなく窓枠から足を滑らせそうになりました。
「何だいきなり」
さすがに顔面から床に着地するようなドジはせず、平静を装っていつものように飛影は黒衣の裾を翻して土足で蔵馬の部屋に降り立ちます。
ここにやって来たときはいつもでしたら、溶けるんじゃないかと思うような笑顔で「いらっしゃい」と迎えられるか、ちょっと前回から間を空けた後だと「生きてたんですか」やら「もう来ないのかと思ってました」やら、一体いくつレパートリーがあるんだと突っ込みたくなるような嫌味を投げつけられるかのどちらかでした。
今日は結構久しぶりの来訪だったので、飛影はてっきり言葉の薔薇棘鞭刃でメッタ斬りにされるもんだと思っていたのです。
それでも来てしまうのはそうやってイビられるのが好きだからでは決してなく、気付いたら足と思考がここに向かっていて自分でも止められないからです。まったく厄介な。
というわけで襲い来るであろう蔵馬の猛攻に備え、心の準備を整えながら道中やって来たというのに、見事に裏切られたのでした。
本来ならばホッとすべきなのでしょうが、相手はあの蔵馬ですから腹の底に何を隠しているか解かりません。
意図を探ろうと蔵馬の方を窺い見ますと、彼はコートを羽織ってどうやら外出する準備をしています。
「すみませんが下で待っててもらえますか、戸締りをしてくるから」
扉を開きながら振り返った微笑みはいつもの彼で、飛影は思わずああ、と肯いてしまいました。
その返事ににっこりと笑みを深くすると、蔵馬は部屋から出て行きました。
どうやらこれはマジで服を買いに行くつもりのようです。
しかし飛影にはさっぱり理由が解かりません。
普段あまり一緒に人間の町へ出ようとは言わない蔵馬なので余計に疑問です。
ちょっと考えていた飛影ですが、蔵馬に言われたことを思い出してはっとすると、回れ右をしてついさっき抜けてきたばかりの窓枠を踏み越えたのでした。

二人とも特に会話をするでもなくマーケット通りを歩いていました。
すっかり日が落ちたにも関わらず町はたくさんの人間達でいっぱいでした。
それにとても明るいのです。蔵馬の家に向かっているときは気付きませんでしたが、建物や道の脇に植わっている木々も輝いて夜を照らしています。
そういえば以前もこんな光景を見たような気がします。
何だったかと頭を捻っていた飛影は店のショーウインドウにその影を見つけました。赤い服に白い髭。
蔵馬が以前言っていました、人間界の年中行事で、確かくり、栗……?
「クリスマスにね、」
あ、それでした。
「皆で集まってどこかへ行こうっていう話になってるんですよ」
そう言って飛影の方を見た蔵馬は「もちろん来ますよね?ていうか無理矢理にでも来させますから」という声が聞こえてきそうなくらいに満面の笑みでした。
その無理矢理が本当に無理矢理というかめちゃくちゃなことでもやるのが蔵馬です。
拒否権はないことを飛影は妖怪の本能で察しますが、嫌なものは嫌なので顔に出てしまいます。
「それが服を買うことにどう繋がるんだ」
「貴方も人間用の服を買っておいた方がいいと思いまして」
笑みを少し困ったようなものに変えて、ちらっと蔵馬が視線を走らせます。
その先を追って飛影も視線を僅かにずらすと、視界の隅に道端で談笑している二人組みの女性が映りました。
どうやら飛影たちを見ているようです。
「あの子寒くないのかなーあんな薄着で……」
「マフラーしてるけどあれは寒いよねぇーてゆーかアレって何系?ゴスロリじゃないよね」
「ゴスロリは違うよ〜ほらもっとさぁ」
「でも腕に包帯してるしぃ、黒尽くめだしぃ」
「オレ流じゃないのぉ、アーティストなんだよきっと」
「あ、あれだよきっと、ほらコスプレ!?」
「あーオタク〜!?」
彼女らはひそひそ声で話していますが、妖怪である飛影にはバッチリ聞こえています。
内容の80パーセントくらいは意味不明でしたが、飛影はあの「子」と言われたのと、自分の格好に文句をつけられているのだと何となく察知してイラッとしました。
更にその後続いた「でももう一人の方凄いカッコ良くない?てゆーかキレー」「あの二人って兄弟?」「えー似てないー」という会話に色んな理由で怒り倍増です。
横を通り過ぎる時に思いっきり睨んでやりましたが、どうやら女性は二人とも蔵馬に視線が釘付けだったようです。
飛影の怒りにはまったく気付かないまま高い声できゃっきゃと笑いながら去っていきました。
ああ、燃やしたい。この世から髪の一筋、細胞一つと残さずに消し去ってやりたい。いっそ町ごと黒龍に喰わせたい。
そんな衝動を抑えられず握った右手を震わせている飛影を蔵馬が呼びます。
「ここの店なんていいと思うんだけど……」
もう文句なんて言わずに大股で店に入った飛影でした。

そんなに大きくはありませんでしたが、クラシックな雰囲気のなかなか小洒落た店でした。
品数も豊富で、飛影たちの他にも何組か客がいます。
ここでもやっぱり目立ってしまう二人ですが、好機の眼差しをあえて無視して服を選びます。
「これなんていいんじゃないか」
「腕のあたりが動かしにくい。刀が上手く振れん」
「貴方、これ着て戦うつもりですか」
あーでもないこーでもないと言い合いながら、結局飛影が選んだのは黒い長袖のTシャツに黒ジーンズに黒コートといった見事な黒尽くめでした。
「これじゃいつもと変わらないでしょう」
というわけで長袖Tシャツは白地に黒模様のものに替えました。
「カッコいいですよ飛影」
試着した飛影を見て蔵馬が感嘆の声を上げました。
浮かべる笑顔も作り物ではなくて本当に嬉しそうなものに見えます。
ふんと顔を逸らす飛影ですが、満更嫌な気分ではありませんでした。
飛影は店の外に出て、会計が済むのを待ちます。
戻ってきた蔵馬が微笑んで言いました。
「オレが汗水流して働いた金で買ったんだから、破ったり燃やしたりしないで下さいね」
日頃破いたり燃やしたりしまくっている飛影には大変耳が痛いのでした。

2007.12.23


クリスマス本番編1

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