目が覚めたら、キツネはネコになっていました。

猫の気持ち。

(おい、嘘だろう、そんな、まさか)
鏡に映った己が姿を見て、思わずそう言葉にしたはずなのに、口から洩れたのは「にゃぁ」なんていう、何とも可愛らしい声で。それでますます、彼は慌てた。とてとてと、四足歩行で部屋の中を駆け回りながら、彼は必死で寝起きの頭をフル回転させようと試みる。
(落ち着け、落ち着け……昨日、一体何があった?何か、こうなるきっかけになるような、普段と違った出来事は無かったか?)
昨日は確か、飛影が来たのだ。あれは夕方だった。それから少しじゃれあっていたら……そう、桑原が来たのだ。やあ、桑原君、元気だったかい、と言ったら、彼は、おう、男桑原和真、この通り健康そのものだぜ!……と元気すぎるほどの反応を返してくれ、それから―――
(あ)
“かぁいいだろ?駅前で拾ったんだぜ。ちょっとここんとこを怪我してやがってな。見るに見かねて連れて来たんだが、よく見てみるとどうもこいつぁ妖猫らしくてよ……”
(あれか……)蔵馬は頭を抱えた。
桑原が連れてきたオッドアイの黒猫は、彼の言うとおりどうやら妖猫らしかった。……正しくは、妖猫になりかけていた、というところだろうか。オッドアイがその証拠で、もとは金色であったらしい両目の一方が妖化し、銀の妖気を纏っていたために両目の色が違って見えていたのである(よって普通の人間が見れば、双眸とも金色の、何の変哲もない黒猫なのだろうが)。
(で、)
“動物病院に連れて行こうかとも思ったんだが、妖猫だろ?人間に何かしらの影響を与えちまったりしちゃいけねぇしよぉ。かといってほっとけねぇし……頼む、蔵馬!!こいつのこと、何とかしてやってくれ!!”
(結局、オレが手当てすることになったんだ)
その時に、猫に歯を立てられた。すぐに手を引いたために食い千切られはしなかったが、さすが妖化しかけているだけあって、素早い一撃は蔵馬の肌を僅かに裂いた。
(あの時か――……)
妖猫には、いわるゆ吸血鬼のように牙から妖力を送り込むことで相手を猫にしてしまう能力があるというのを、風の噂で聞いたことがあった。『猫娘』などは、その妖猫の魔力を受けた人間の少女なのだとか。だがそれはあくまでも噂で、今まで一度も実際に妖猫の呪いを受けて猫にされた者の話など見たことも聞いたこともなかったので、信用していなかったのだが。
(よくよく考えてみれば、猫にされた者が「自分は猫にされました」……とは言えないだろうな。この状況じゃ)
相手に伝えようにも「にゃあ」としか言えない。鏡に映った自分はどこからどう見ても何の変哲も無い猫であった。
(まあ、いい。それよりもまず、この状況をどうするか、だ)
幸い、今日は朝早くから両親は出掛けていて弟は部活。家には誰もいない。
(皆が帰ってくる前に、何とかして元に戻らなければ……)
こういう場合の解決策を、千年の齢を生きた妖狐蔵馬は当然持っている。
(妖狐に戻れば、これしきの呪いなど簡単に弾くことが出来るだろう)
というかそもそも妖狐ならばこんなチンケな呪いにかかることも無かっただろうが、自分はいくら妖化していると言っても所詮人間の身体だった。不幸にも。
(問題はどうやって妖狐になるかだが……仕方が無い。興奮剤でも飲むか)
そうと決まれば、実行あるのみだ。早速薬草をしまってある机の引き出しを開こうと、取っ手に前足をかけた、その時だった。
がらり
夜明けと共に去って行った筈のそのひとが、いつものように窓を開けてしまったのだった。


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