銀の夢・2

「簡単なことだ。この穴の奥に入り、スイッチを押してきてくれればいい」
入り口の淵を飛影の手によって確認させながら、それは言った。
「この柱の奥の奥に隠されたそれを押さねば、門は開かぬ……しかし、ちと面倒でな」
飛影でさえ通るのがやっとの小さな穴だった。抵抗などできるはずもなかった。奇妙に捻じ曲がった穴の中を手探りで進んでゆく。気がつけば飛影は自分が今上を向いているのか下を向いているのかさえ解からなくなっていた。
この城は、元々人間の子どもほどの小さな身体を持った妖怪が住んでいたのだという。自分たち以外の妖怪が侵入できないよう、こんな仕組みを作ったのだろうか。

一体どこまで進んだのだろう。飛影は壁に突き当たった。どこを探ろうともそれ以上進むべきところはない。触覚を研ぎ澄まし、スイッチを探す。やがて、僅かな窪みを見つけた。爪の先が引っ掛かるくらいの、小さなそれ。上手く動かない指をそこに当てる。
かちり。
外れた板の向こう側に、つるりと丸い突起があった。

「よくやってくれた」
入った時と同じだけの時間をかけて戻ってきた飛影を、声は賞賛の言葉で出迎えた。
「お前のおかげでこの通り、欲しいものを手に入れることができた」
ちゃら、と金属の触れ合う音がする。おそらくそれが宝なのだろう。
「約束どおり、目を治してやる」
顎をとられ、持ち上げられる。閉じるなよ、という忠告の後、両目に一滴ずつ雫が落とされた。染み入った液体に、両目にあった違和感が取り払われてゆく。
「しばらくすれば元通り見えるようになる」
言って離れかけた手が、もう一度頬を包み込む。
「お前の、名は」
囁くような問い。
その響きを奇妙なものに感じながら、ひえい、と答えかけた。しかし、それは遮られ、
「いや、聞くのはまたいずれ巡り会えたときにしよう。生きていくには楽しみがあったほうがいい」
額に触れた。あたたかいもの。やわらかいもの。胸が締め付けられるくらいに頼りない、感触。
「ではな」
あっという間だった。一陣の風となって、溶けるように気配が消える。花の匂い。
僅かに回復した視界に、飛影は、銀の影を見たような気がした。


*****


「傷はもう大丈夫ですか」
目を覚ますと、既に蔵馬は身支度を整えていた。
上体を起こして、昨日黒桃太郎につけられたばかりの肩の傷を確かめる。蔵馬に施された手当てのおかげか、跡形もなく塞がっていた。
「オレは戸愚呂たちの試合をみてくるけれど、飛影はどうする」
「……行かん。やることがある」
「そうですか。……あまり無理をしないように」
そう言って、蔵馬は部屋を出て行った。
……夢を見たような気がする。古い記憶の。もうどんなものだったか思い出せない。あるいは本当にあったことなのかさえ。まるで幻のような、ほんの数瞬の。ただひどく怖ろしくて、それでいて心地良かった。言い表せない感情が胸の中に渦巻いて、眩暈がするほどに。
その感覚を思い起こすように、飛影はもう一度目を閉じた。

2007.


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