ゆっくり、ゆっくりと、緩慢過ぎるほどの動作で衣服が取り払われていく。
その合間にも髪を梳いたり、頭を撫でたりと、実に優しい仕草で触れてくるのだ。
久し振りに、そんな風に触れられた気がする。
母や父の手を思い出す。愛しみ、慈しむ手。優しいあたたかさ。
いつも自分に伸ばされる、あの自分より少しだけ小さな手は、どこか乱暴だった。
というよりも、優しい触れ方を知らない、といった方が正しいだろう。
仕方の無い事だ。彼は誰からも、優しさや愛しみというものを受けられなかったのだから。
それでも。
時折覗く、不器用ながら自然と向けてくる、あの眼差し。
彼が誰からも教えられることなく、生まれながらにして持ち備えていたもの。
それが愛しかった。
「コエンマ……」
ぐっとその肩を押し、申し訳ありません、そう言おうとした唇に、そっと指を当てられる。
驚き弾かれたように顔をあげた蔵馬に、コエンマの笑顔が映った。
片目を閉じ、悪戯な笑みが言う。
「安心せい。言ったじゃろう、慰めてやる、辛い思いはさせんと、な」
その台詞にはっと目を開く蔵馬の前髪に、コエンマがそっと唇で触れた――その時だった。
数日後。
「失礼します」
その声と共に開いた新しい扉から入ってきたのは、いつも通り微笑んだ蔵馬だった。
「おお、来たか」
今日は子どもの姿でいるコエンマが、よっ、と手をあげる。
「どうじゃ、その後は」
「おかげさまで」
幸せそうな笑みに、コエンマはふむ、と頷いた。
「身体をはった甲斐があったということだな」
「感謝しています」
コエンマの言葉に、申し訳無さそうに蔵馬が笑う。
「新しい扉の具合はどうですか」
蔵馬は今しがた自分が通ってきた扉を振り返った。
これは先日飛影が両断してしまったものだ。
「すまんのお、わざわざ弁償なんぞ。余計な金が有り余っとるんだから、これくらい霊界が出したんじゃが」
「そんなわけにはいきません。壊したのは飛影ですからね」
「だからっておぬしが弁償することは……」
「いえ、オレの責任でもありますし、半分は飛影から出させましたので」
尻にしかれとるのお、飛影は――思い、コエンマは顔を綻ばせた。
今回、彼等の役に立てたことが、コエンマにとって嬉しかった。今まで自分は彼等に無理な頼みごとをしてばかりで、一度も彼等個人のために何かしてやれたことが無かった気がするのだ。
仲間なのに。
友なのに。
「あ、そうだ、これ、例の書類です」
「おお、いつもすまんの」
書類を手渡し、蔵馬は小さく頭を下げた。
「では、オレはこれで」
「もう行くのか？茶ぐらい飲んでいかんか？」
慌てるコエンマに、既に背を向けていた蔵馬が振り返る。
「いえ。今日はこれから、飛影がうちに来ることになってますので」
「……そうか」
ふっと笑う。
「なら、早く帰ってやったほうが良いの。またあいつを怒らせることになってはかなわん」
「では」
「ああ、ご苦労だった」
もう一度頭を下げた蔵馬を、機械仕掛けのドアが遮る。
本当に幸せそうな、その笑顔を脳裏に思い浮かべて。
「さて、仕事に戻るかの」
大きく一つ伸びをして、コエンマは判子を手に取った。
2004.
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