浴室から髪をタオルで拭きながら出てきた幻海は、窓の外、夜の闇の中に二つの赤を見止めた。こちらの様子を探るような鋭い眼差しをこちらに向けるそれに、彼女は見覚えがあった。そう、それは昼間、自分の隣にあったものだ。あの時も同じように、こちらをじっと見つめていた。得体の知れぬ自分の正体を見破らんとする、少しきつめのそれで。
暫らくの間それと睨みあう。瞬きひとつしない相手にふ、と小さく息を吐き出すと、幻海はつかつかと窓に歩み寄った。がらりと窓を開けるその動作を、やはりぴくりとも動かず凝視してくるその瞳を今一度見つめ返し、
「入りな」
その言葉に、ようやく黒いそれはもぞりと動いた。

ヒエイとゲンカイ

「何の用だい?」
風のように部屋に滑り込んできた黒い相手に、水の滴る髪をタオルで拭いながら問う。
その動きをを暫し観察するかのように眺めた後、相手――飛影は緩慢な動きで、自らの黒衣の中から何かを取り出した。それを収めた右手を幻海の目の前に突き出し、一言。
「蔵馬が貴様に、だそうだ」
広げた幻海の手のひらに落とされたのは、小さな瓶だった。
「これは?」
「奴が作った薬だ」
ふん、と鼻で笑い、飛影は続ける。
「貴様もイチガキ戦で傷を負っていたようだからと、あいつがわざわざ余分に調合したのさ。自分が一番重傷のくせに…相変わらずほとほと甘い奴だぜ」
毒づくその口調の裏に隠れたものを感じ取り、幻海は目を細める。本人は全く気付いていないだろう、恐らく無意識の……
「そうかい。ありがたくもらっておくよ」
蔵馬の厚意に素直に感謝し、受け取った小瓶をソファテーブルに置く。その動作を、飛影がじっと見ていた。
「……あたしの顔に何かついてるかい?」
視線は戻さず、問う。途端、飛影はバツが悪そうにふい、と視線を逸らした。まるで悪戯を見つかった子どものようだ。本人に言えば丸焼きにされそうだが。もう一度正面から向かい合い、身長差を利用して、伏せた表情を下から覗き込む。
「あたしの顔がそんなに珍しいかい?」
「………」
どうやら、図星らしい。
「覆面無しで話すのは初めてだったな」
「……何故顔を隠している」
その問いに、幻海はにやりと笑みを浮かべた。
「ちょっと訳ありでね」
「その訳が何だと聞いている」
不満げな飛影の語気が荒れた。幻海はそれに動じることなく、静かに答えた。
「それを知られれば、隠している意味が無い……」
ぐっ、と飛影が詰まった。
「なあに、じきに解かる事さ」
「……ちっ!」
忌々しげに舌打ちし、飛影はくるりと背を向けた。流れる黒衣の軌跡を目で追いながら、幻海はふむ、と唸った。
―――やはり、『あれ』は奴専用か……

2


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