―――やはり、『あれ』は奴専用か……
こうして自分と会話している時は、かけらも窺い知ることが出来ない…あの瞳の奥の焔。結界の中、視界に映ったあの顔を忘れられない。血に塗れ、意識を失った少年を見つめる、あの眼。一見いつものように冷たい色を浮かべているその奥で、くすぶっていたのは緋(あか)い焔だった。怒りの色に燃え上がる、熱。
何に対するものか?甘さゆえにそこまで追い込まれた少年に対してか。抵抗できぬ彼に拳を振るう男に対してか。それとも、何もできない、ただ見ているだけの自分自身に対してか。――それは本人にしか解かるまい。
力なく、ただされるままに引き上げられた身体が揺れ――構えた。もう一人よりも一瞬、早く。吹き上がる、漆黒の炎。まだ使える左腕は、真っ直ぐ、リングのほうへ向いていた。殺(や)る。そう思った瞬間、振り下ろされるはずだった男の拳が止まった。あの時制止の声がなかったら――確実に、撃っていた。例え、残された身体全てを喰われたとしても。
怒らせれば同じ眼をするかと思えば、そういう訳ではないらしい。ちょっと弄ってやったが、見ることは出来なかった。そこまで思ってふと思い出し、幻海は窓枠を踏み越えかけていた飛影の右腕を掴んだ。
「!?」
不意をつかれたのか、驚いたように飛影は目を見開いた。

「こら、逃げるんじゃないよ」
引きかけた右腕を、それより強い力で引き寄せる。
ふむ、と言いながら、幻海は掴んだ飛影の腕の指先から肘にかけてを指で軽く圧迫したり擦ったりした。腕を振り払おうにもできず、一撃を与えようにもまるで隙がないため、飛影は動けない。ひととおりそうしてから、幻海は腕に落としていた視線を上げた。自分を訝しげに見つめている飛影を見上げ、にっと笑う。
「どうやら腕は完治したようだね」
言われ、飛影は目を丸くする。
「驚いた。もう二度と使い物にならないかと思ったが――偶然の重なりに感謝することだな」
「どういうことだ」
捕まれた腕を振り解き、飛影はきつい瞳を向ける。それに動じることもなく、幻海はあっさりと言い放った。
「愛の力が生んだ奇跡というやつさ」
絶句。目を丸くして固まってしまった飛影に構うことなく、幻海は続ける。
「蔵馬が傷ついたことでお前は怒り、結果失われていた妖力が戻った。それどころか更に上昇を続け、溢れ出したお前の妖力は瑠架の結界内いっぱいに広がった。そのため、お前は全身で自分の妖気を浴びることになった。人間も妖怪も『気』に当てられると『気』の循環が良くなる。『気』の流れの活性化は治癒力の高まりを促す。……そのおかげでお前の腕は完治、私はお前の妖気にあてられて、今あまり体調が良くないというわけだな」
いまだ硬直したままの飛影に、幻海は可笑しそうにくつくつと笑う。
「――飛影」
ひとしきり笑って、幻海は真面目な顔つきで飛影を見つめ直した。
「大切なものは死ぬ気で守り通しな。絶対に、後悔しないようにね」
「―――ふん」
肯定なのか否定なのか、また、理解したのかしていないのか解からぬ笑みを残して、飛影は溶けるように窓の外の闇へと消えた。
さあっ、と入り込んだ風がすっかり乾いた幻海の髪を撫でる。
――守りきりな。あいつのようにならないためにも。
自分の感情をさらけ出そうとしない飛影。強さだけを求め、自分のそれに絶対の自信を持っている、彼。
――そんなところが、自分の知る者によく似ていて。
彼もまた、大切なものを守りきれなかった時……壊れてしまうのだろうか。自分を責めて、そんな自分すら、誰にも見せようとしないで。
「大切なものは死ぬ気で守り通しな。絶対に、後悔しないように」
道を、踏み外さぬように。
彼が消えたその闇よりも遠くのどこかを見つめて――幻海はもう一度、その言葉を繰り返す。
開け放たれた窓を、吹き込む冷たい風を遮るかのように、閉めた。

2004?〜2006?


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