bitter・2

「まるで、貴方とオレみたいで」
もし立っていたら、間違いなく自分はずっこけているだろう、と飛影は思った。
「オレが恋人を失った男。飛影がその親友」
「何をどう考えたらそうなるんだ貴様は!?」
あまりにもバカげた蔵馬の言葉に、腹の底から怒鳴りつけてがばっと起き上がる。
「正確には、未来のオレと貴方と言うか――」
「…未来だと?」
訝しげに睨み付ける飛影に、蔵馬はふわりと笑って、答えた。
「ええ。母さんを失ったオレと、その時の貴方」
飛影の顔が一瞬強張ったのを、蔵馬は見逃さなかった。
「リアルすぎて怖い?」
からかうような蔵馬の言葉にも、飛影は表情を変えようとしない。
「貴様があの女の後を追って死ぬというのか」
真剣な色をしたその言葉に、蔵馬は、ふ、と眼を伏せる。
「それはその時にならないと解からないよ」
「極悪非道といわれたお前が、たかが人間の女一人死んだくらいで?生きていけなくなると?……バカな事を」
吐き捨て、顔を背ける。
口で否定しながらも、心はそうではなかった。
ありえないことではない――と、どこからか声がした。
母親の命を守るために、蔵馬は命を捨てようとした。自分を裏切った。
ありえない、話ではない。
口をつぐみ、背を向けたままこちらを振り返ろうとしない飛影に、蔵馬は静かに言った。
「その時、貴方はオレを止めてくれますか?」
飛影の肩が僅かに動く。
「死ぬなと――言ってくれますか?」
沈黙は、重く部屋を覆い尽くす。
時を刻む針の音のみが、空気を僅かに揺るがしていた。
不意に飛影の背後で蔵馬が立ち上がる気配がし、肩にぬくもりが落ちた。
それに弾かれるように、飛影は振り返る。
何かを言うはずだった口に――素早く、何かを放り込まれた。
「ゴメン、冗談だよ」
「!!??」
振り返った視界いっぱいに広がったのは、蔵馬の楽しそうな笑顔。
「いやあ、まさかそんなに真剣に悩んでくれるとは思わなかったもので」
途端に、飛影の顔がかあっと朱に染まる。
「ふふぁま、ひはまっ!!」
「静かに。皆もう寝てますから」
どうどう、と蔵馬が飛影の肩を叩く。
得体の知れないものの侵入に慌てふためく飛影の口の中に、僅かな甘さが広がった。
その感覚に、飛影の眼が見開かれた。思わず、それを飲み込んでしまう。
「何だ、これは……」
「トリュフ。前来たときに食べたいって言ってたから、作ったんだよ」
言われて思い出す。確か、「午後の料理教室」とか何とかいう番組で見て、蔵馬に喰いたいと言った。確かに。
机の角に置いた箱からもうひとつ取って、蔵馬も自分の口に放り込んだ。
「おいしい?」
「………甘いが――苦い」
顔を歪める飛影に、蔵馬はくすくすと可笑しげに笑う。
「チョコレートは本来甘さと苦さのあるものなんだよ。市販されているものは殆ど苦さを押さえてあるけどね」
そう言って、箱をずいっと飛影に差し出した。
「折角作ったんだ。全部食べてくれなきゃ困りますよ」
飛影が少し困ったような顔をする。それに蔵馬は堪え切れず、ついに声を上げて笑ってしまった。

帰り道、ようやく明かりの消えた窓を木の上から見つめながら、飛影は口の中に残る味を再度確かめた。
甘くて、苦い。それはまるで、蔵馬のようだと思った。
溶けるような笑みを向け、かと思えば痛いほどに鋭い言葉で突いてくる。
全ては自分を陥れる、甘く、苦い罠。
やはりどうやってもそれから逃れる術が無い。
だがいつの日か、必ずあの余裕の笑いを浮かべていられなくしてやると、改めて誓う。
冗談だとは言っていた。けれど――
「それはその時にならないと解からない――か」
あの甘い笑顔を思い出す。
そう、未来の事など、誰にも解かりはしないのだ。例えそれが、自分のことであっても――
「勝手にくたばるなよ。俺が貴様を超える、その時までは――」
呟きは、夜の風に乗って、消えた。

2003?


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