これでも…
「――ッあ…」
背筋を滑る感覚に、抑えきれない声が零れた。自分のものとは到底思えぬそれに、とっさに蔵馬はシーツを口に押し当てる。
そこにまた、今度は首筋に刺激が走る。
「――……!」
「抑えるな」
耳元に囁かれた声に、キッ、ときつくなった眼を向ける。
霞む視界に映った飛影の赤い瞳が、自分を見つめて楽しげに揺らめいていた。
「蔵馬」
「―――ッ!!」
ぐっと痛いほどに腕を掴まれ、あっという間にうつぶせになっていた身体を引き上げられる。頭を飛影の肩に預けるような形で座らされ、もがく身体を逃がすまいというかのように、強く抱き締められた。
「う…やぁ…め…」
遮るものがのなくなった蔵馬の唇からたちまち溢れ出す甘い声に、飛影の眼が嬉しそうに細められる。
こんなはずじゃなかったのに、と霞む意識の中、蔵馬は自分のミスを嘆く。
こうなるなんて思いもしなかった。ただ、彼が先刻自分に酷い屈辱というものを味わわせてくれたので、仕返しにちょっぴり、悪戯してやっただけだったのだ。
それなのに、彼は自分が思っていたより随分と執念深い性格だったらしく、仕返しに仕返しをもって答えてきたのだ。
『ガキ扱いしやがって……』
薬草入りの緑色をしたシチューをようやくたいらげた飛影が、あまりの苦味に顔を歪ませながらそう吐き捨てた。
それに自分は、『だって、子どもだろ』と返した――と思う。次の瞬間押し倒され、唇を塞がれていたから、あまりはっきりとは覚えていないが。
まさかこんなことになるなんて――思う思考が、襲い掛かった更なる快感に呑み込まれていく。
自分を見つめる、炎の瞳と視線が絡む。それがゆっくりと伏せられて、唇に熱が触れた。
その瞬間、すべてがどうでもよく思えた。
何だっていい。自分達がこうなることくらい、予想はついていたのだから。この口惜しさは、ただその時が「予想に反して」、こんなに早くやって来てしまったから。それだけだ。
瞳を閉じ、他のすべての意識を閉ざしてその柔らかな感覚を貪る。
離れた唇を名残惜しげに指先で拭いながら、飛影がぽつりと問う。
「これでも、俺をガキ扱いするか?」
「さあ、どうだろう?」
笑って、今度は自分から濡れた唇を押し当てた。
2003.
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