少しだけ、細い指が抗うかのように手の中で動いた。その感触を受け入れながら、それでも飛影は蔵馬の手のひらをきつく握りしめたまま、放そうとしなかった。
長い睫毛の影の向こうで、戸惑うように黒い瞳が揺れた。その視線が逃げることを許さないように、飛影は手に込めた力を一層強くする。ぎし、と骨がきしんで蔵馬は僅かに眉を寄せたが、飛影の指は絡みついたまま、そして瞳はまっすぐに、蔵馬をとらえている。
「何ですか」
半ば諦めにも似た声で蔵馬が問うた。しかしそれに、飛影は答えられない。
何かを言いたいはずなのに、言葉が浮かんでこない。腹の底から音のない単語が、いくつもいくつもぽかりと生まれて喉を通る。しかしそれらは唇から零れ落ちることなく、奥歯で噛まれ殺された。
だから飛影は、ただ蔵馬の手の感触を繋ぎとめ、彼を見つめ続けるしか、できなかった。
沈黙を続ける飛影に、蔵馬自身が飛影の中に見つけ出した答えを投げる。
「抱きたいんですか」
しかしそれは、飛影の正解では、なかった。
じり、と胸の奥が焼けた。飛影はここでようやく目を閉じる、という形で蔵馬からその視線を逸らした。
この感情の名は知っていた。焦燥。苛立ち。歯がゆさ。上手くいかない、思い通りにならない、そんなときに襲う感覚だ。壊してやりたくなる。何もかもを。この手のひらに宿る炎の熱で焼きつくしてしまいたい。めちゃくちゃに。
その感情の矛先は、目の前にいる男に向いた。とらえたままだった腕を強すぎる力で引いて、突き飛ばすようにしてベッドへと沈めると、抵抗する隙も与えず彼の肌を隠す布を引き裂いた。微かに息をのんでひきつった喉元に噛みつくと、蔵馬はびくりとその細い身を竦ませた。
飛影に逆らおうともがく白い腕を、それよりもなお白いシーツに押しつけながら、飛影は嘲笑した。違う。これじゃない。こうしたいんじゃない。そのはずだった。だが今こうして、蔵馬の身体を支配することに夢中になっている。結局は蔵馬の言葉の通り、彼を抱きたいのだ、自分は。
もういい。もうどうでも良かった。考えても考えても解からない。答えが見つからない。探せば探すほど、見つけたいものは遠のいていく。ならばもうそんなものなど忘れ去って、この刹那に溺れてしまえばいい。
食らうようにして絡ませていた唇をほどく。虚ろに光を映す瞳を覗きこむと、蔵馬は逃れるように顔を反らした。そうして固く目を閉ざし、ただひたすら荒く息を吐いている。彼の両腕はもはや抵抗もなく、だらりと力無くシーツの波間に沈んでいた。
高まる身体の熱を感じながら、飛影は耳の奥に冷たい声を聞いた。“やはり、違う”。
顔を背けたまま決してこちらを見ない蔵馬が、まるで世界から飛影を切り離そうとしているかのように、彼には見えた。そんなことを許せるはずがなかった。乱暴に髪を引いてこちらを向かせるが、その瞳は頑なに瞼の裏に隠れたまま、彼の前に晒されることはない。
これじゃないんだ。これじゃ、ない。飛影の中で声は何度も繰り返した。何がどう違うのか、彼には解からなかった。ただどうしようもなく飢えて飢えてたまらなかった。何かが欲しくて、何かを与えたくて、何かを聞きたくて、何かを伝えたくて、だがそれが叶わずに、飛影は飢えていた。
胸に焼ける感覚を残したまま、彼は白い世界に堕ちていく。
果てる瞬間意識の中で呼んだ名は、音にはできなかった。

Pattern-B/0

(ある、彼らの場合)

2009.6.8


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