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「……おい」
思わず呼びかけが怪訝なものになってしまうのは、仕方が無いだろう。目の前に並べられた、様々な料理。ざっといつもの倍はあるであろう量だ。二人しかいないのに四人前。しかもそれを、いつもは少食のやつが次々と腹に納めていくものだから、誰だって不審に思う。
「おい、どうした」
「いえ、ちょっと」
いえ、ちょっと……じゃないだろう、これは。
普段とは違うあまりの食べっぷりの良さに、自分は手を動かすことを忘れてしばし見入る。卓上の皿の約半分が空になった頃、ようやく忙しなく動いていた箸が置かれた。コップのお茶を飲み干し、ふうっと大きく息をついて一言。
「う〜ん、やっぱりこれくらい食べないとダメか」
………何がダメなんだろうか。
呆然と見つめていると、不意に蔵馬がこちらを向いてにっこりと微笑んだ。
「あ、どうぞオレのことはお構いなく食べて下さい」
「……………」
言われた通り再び箸を取ってカラアゲに伸ばしかけたのを、はっと我に返ってひっこめる。
「おい……」
「何か?」
とぼけているのか本気なのか、きょとんとした顔で蔵馬が首を傾げた。だから何か?じゃないだろうと胸中つっこみを入れつつ。
「何だこの量は」
「ああ、別に大したことじゃないよ」
………だから、何が大したことじゃないんだ!!
「理由を言え、理由を!!」
思わず声が大になる。
そんな俺に、蔵馬は少し考え込んでから、ホントに大したことじゃないんだけど、と前置きをしてこう言った。
「いえ、今日身体測定だったんですけど、体重が3キロも減りまして」
………は?
目を点にする俺に、蔵馬はだから大したことじゃないって言ったのに…と続ける。
「高校生って成長期でしょう?だから普通は筋肉がついたり背が伸びたりして体重が増えるもんなんだよ」
のに、減った。しかも3キロも。
「ただでさえ標準体重よりも軽かったのに、今回また減って……多分、暗黒武術会のせいだと思うんですが」
自分の細い指を気にしてか、蔵馬は視線を手のひらに落とす。
「……それで?」
「太るのは良くないけど、痩せすぎも問題があってね。
筋力は低下するし、疲れやすくなるし、骨にも影響が出てくる」
まだそこまで問題がある状態じゃないんだけど、と蔵馬は笑った。
「でもまあ、日々の常人離れした運動によるエネルギーの消費は激しいし、これまでと同じ量を食べていては痩せる一方かと思いましてね」
「それで、この食事の量か」
「そういうこと」
なるほど、大体の事情は解かった。頷いて、俺は蔵馬の頭から爪先までを見つめる。……確かに、細い。もともと細かったが、武術会が終わってから、ますます痩せたように見える。
「でも、やっぱりこの量食べるのは容易じゃないな」
はあ〜、とため息をついてまだ残っている料理を見つめる。そりゃあそうだろう。俺にだって食える量じゃない。
「何か他に方法があるだろう」
「……考えたことには考えたのですが」
言って、机の端に置いていた瓶を掴み、向かい合っている俺との間にそれを置く。中身を見て、俺は絶句した。おそらく、蔵馬お得意の薬草の一種だろう。ペースト状にされているそれは、毒々しい緑色をしている。
「……何だ、これは」
恐る恐る訊いてみる。返ってきたのは、予想していたが一番聞きたくない答えだった。
「適度な栄養とエネルギーを少量で取れる薬草」
………少量でいいのがまだ救いか。
「まあ、食べてみて下さい」
「断る」
「どうして」
「まずいんだろう」
「…………」
一瞬の間の後、蔵馬が瓶の蓋を開け、中に入っていたさじでその緑色のものをすくい上げた。どろどろとさじの端から零れ落ちていくそれに、俺はこの先何があっても絶対に食うまいと心に決める。
「どうしましょうかね、これ」
「……俺に聞くな」
かくしてこの瓶は、蔵馬の机の中に封印された。しかし数ヵ月後、とあるキッカケでこれが活用されることになる。
蔵馬に選ばれた六人の妖怪達の感想を聞き、口にしなくて良かったと思うと同時に奴らが哀れになったのは、言うまでもない。


2004〜2006?


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