19. 予定外の出来事
何でこんなことになったんだ？
くらくらと眩暈を抑えながら、オレは胸中、何度目かの自問をする。そう、確か、『トキタダレの実』の新しい活用法はないかと思ったんだ。だから実の効力をもっと詳しく調べようとして、使用する量を変えて効き目の違いを見ようと思った。で、１�咾世院∋箸辰燭鵑澄�そうしたら、やはり原液だからな、少量でも効き目は強かった。人間界で実験しなくて良かった。自宅でやってたら、この姿を母さんや秀一に見られるところだったかもしれない。
前世――すなわち、妖狐の姿まで戻ることは、無かった。でもやっぱり、効果はあったわけで……
オレの目線は今、飛影の赤い瞳と同じ高さにある。
「ちょうど、中学に入学した頃かな。この高さだったのは」
膝まである袖を手が出るまで捲り上げながら、独り言に近い言葉をため息とともに吐き出した。両方の指が覗いたところで、明らかにサイズの合わないズボンをどうにかしようとベルトを締めなおす。が、もともと一番手前の穴で締めていたため、これ以上はどうにも出来そうに無かった。
「まあ、いいか。どうせすぐに戻るだろ」
座っていれば問題ないと、ベッドに腰を下ろした時。
「どうにもできんなら、脱げば良いだろう」
……よくもまあ、そんなことをぬけぬけと。
「誰かさんが隙を窺ってますからね……そんな危ないことはできないんですよ」
にっこり笑って目の前に立つ紅い瞳を見上げれば、にやりと不敵な笑みが返ってくる。暫し散る見えない火花。
「……で、いつ戻る」
「さあ」
言いながら、ベッド脇に置かれている時計に目をやる。……変化が現れて、約五分。
「そんなに多い量じゃないから…あと数分もすれば効き目は切れると思うけど……って、飛影」
「何だ」
それはこっちの台詞だ。
「この態勢は、何？」
声が幾分非難めいてしまうのは仕方がない。『この態勢』とは、ベッドの上に押し倒されたオレの上に、押し倒した張本人が乗っかっていて……
「ちょっと飛影、やめ……！」
思わず上がった声に、自分で驚く。
「……高いな」
飛影もオレほどではないがやはり驚いたようで、首筋に埋めていた顔を上げてまじまじとオレを見つめる。そうか、この頃まだ変声期を迎えてなかったんだ。
「女みたいだ」
くつくつと可笑しそうに笑う飛影を見て、オレは思わず赤面した。何だろう、何か、イヤだ。いつにもなく激しい羞恥心に襲われたオレは、何とか逃れようと身を捩る。が、やはりさかのぼった時の分、力も失われていて、とても振りほどくことが出来ない。飛影は抵抗するオレを難なく押さえつけ、薄手のシャツの上からゆっくりと唇と指で身体を辿っていく。
「身体も……細い。ちゃんと喰っていたのか、貴様？」
「ご心配なく。ちゃんと母さんが栄養のあるものを食べさせてくれて……っ！」
うなじに指が伸び、身を竦ませる。いつもなら、髪に隠れて風にさえ殆ど触れないところだ。
「髪の長さは八手の頃と違わないな」
言いながら、まるで飛影の知る『オレ』との違いを一つ一つ探り出そうとするかのように指を滑らせていく。
「飛影……もういい加減に……」
そう訴える唇に飛影の指が触れる。一度なぞってから頬を通り、瞳の形を確かめて鼻筋をおり、また唇に戻った。
「――……飛影」
「顔は全く変わってない」
「ひえ……！」
そっと、やわらかく触れて離れた温かな感触に、オレは思わず言葉を失った。見開いたオレの瞳を覗き込み、飛影が満足げな笑みを浮かべる。彼は呆然とするオレを抱き締めると、そのままころりとオレの隣に身を転がした。
「……飛影？」
困惑の色をのせたオレの声には答えず、瞳を閉じた飛影がこつん、と額を合わせてくる。………あ、そうか。
「いつもより、収まり良いですね」
くすくすと笑い混じりに囁けば、うるさいといわんばかりに抱き締める腕が強くなった。それに応えてオレも自分の腕を回し、彼のぬくもりを感じながら目を閉じる。
二人で眠るときはいつも、飛影はこんな風にオレを抱き寄せてくる。
しかし体格に差があるため、どうしても飛影がオレの胸に顔を埋める形になってしまうのだ。でも今は、目を開けばお互いの顔がある。
埋まった身長差の分だけ、何故だか飛影を近くに感じる。きっと、飛影も―――……
薬の効力は、もう間もなく切れるだろう。
その前に眠ってしまおう。この満ち足りた気持ちを抱き締めたままで。
「おやすみ、飛影」
穏やかな寝息をたてる飛影の髪にそっと口付けて、オレはゆっくりと、眠りの中に落ちていった。
2004〜2006?
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