13. 螺旋


確かに、最近あまり会う機会の無い戦友がどうしているか、どうでもいいわけではない。
でもだからって、何もそのことばかり話すことはないだろう。


「でね、幽助ったら相変わらずで、桑原君と彼の屋台に行ったら――」
そこまで言って、その時のことを思い出したのか蔵馬が可笑しそうに笑う。
そんな奴の様子が面白くなくて、俺はテーブルに置かれたカップを取り上げた。


この部屋に入って茶を出されてから、話題は幽助のことばかり。
そして視線はずっと、俺の右脇にある壁のあたりに注がれたままだ。
俺のことなど見ない。
俺でなくてもいいからだ。蔵馬が求めているのは「幽助の話題を振る相手」。ようするに誰でもいい。
だから、俺が聞き流していても気付かない。


「そうそう、そう言えば、最近どうやら新しいメニューの開発に取り組みだしたとか言ってたかな。
螢子ちゃんが試食させられたそうなんですが――」


幽助、幽助、幽助――……


何度もその名を紡ぎだす唇に、気が付けば視線が流れていた。
女みたいに赤いそれ。
今日、一度も俺の名を呼んでいないことにお前は気づいているのか?


「――……そんなに奴が好きか?」
「え?」


思わず口を付いて出た心の声に、俺ははっと我に返る。
「何か言いましたか?」
不思議そうな顔をして、蔵馬が首を傾げた。


やっと見た。
その悪びれぬ眼差しに胸が疼く。


「―――……いや」
「そう、でね――……」


また壁に戻される視線。
俺ではない別の者の名を紡ぐ唇。


………そんなに好きなのか?
もう一度繰り返した問いは、けれど言葉にはしなかった。
解かっている。蔵馬が、誰よりも幽助を信頼し、心を許していること。
あらゆる意味で蔵馬を救った存在なのだから。
自分だって同じだ。あの人間のおかげで自分は変わった。そしてやはり、誰よりも信頼している。


けれど、


「幽助は――……」


想いを寄せるのは、その名ではない。


「………飛影?」
ようやく蔵馬が俺を呼んだのは、俺の足が窓枠にかかった時だった。
「帰るんですか?飛――……」
振り返ることも、答えることもせず、軽く窓枠を蹴る。
「飛影!?」
背後で、困惑した蔵馬の声が響いた。
自分を呼ぶそれが心地良かった。
それと同時に、胸を締め上げる痛み。


「そんなに、好きか?」
三度問う。


そんなに、あいつが好きなのか?


「――………好きだ」
誰よりも、愛してる。


言葉にすれば、襲うのはやりきれない思いと歯痒い想い。


「俺を見ろ、蔵馬」
俺だけを。


――『おもい』という名の渦巻く螺旋に囚われて、逃げられない――


あとがき:
いつもとちょっと違う飛蔵たち。
でも根底はあまり変わらない。
飛影が「好き」という気持ちを自覚してはっきり口に出している珍しい話。


2004〜2006?


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