「飛影はあまり花には興味ないんですか」
空になった俺のカップに赤茶色の液体を注ぎ直しながら、蔵馬が問う。
白い湯気が舞い上がって甘く香る。そこへ手早く落とされる砂糖とミルク。あっという間にかき回されて、溶けて消えた。
「いきなり何だ」
そう訝しみながらも、俺は返ってきたカップに口をつける。気づけば既に三杯目だった。
ヒトモドキの代金として調達してきた魔界植物の種を渡しに訪れただけのはずだった。百足を出たときはすぐに戻るつもりだったというのに。何故いつまでもここに留まっているんだ、俺は。
人間界は既に眠りの時を迎えていた。身じろぎするたびに衣擦れの音が耳にうるさく響くほどの静寂。人間として生活しているはずのこの部屋の主は、しかしさして気にしていないらしい。飽きることなく、とりとめのない会話を投げかけてくる。
「いや、貴方もせっかく住む場所が定まったんだから、部屋に植物の一つでも置けばいいのにと思ってね。一つでもあると随分雰囲気が違いますよ」
そう言って、部屋の一角に置いてある観葉植物の鉢を撫でる。相変わらず、細くて白い指をしていやがる。掴んだら、バラバラになってしまいそうな。
俺が帰れないのはこうやって、こいつが下らん話を止めないせいだ。緩やかなテンポで流れてくる蔵馬の言葉が、手足に絡みつく鎖となって俺をこの部屋へと絡め止める。それを断ち切る繋ぎ目が、見えない。
「水やら肥料やら、そんな面倒なことはゴメンだな」
「そう言うだろうとは思いましたが」
くすりと漏れた笑みが耳をくすぐる。静寂の中に響く囁きが、どこか艶めかしい。普段よりも、低く、掠れた、――……何を考えているんだ、俺は。
急に居心地が悪くなって、俺は一気にカップの中身を呷る。そのまま立ち上がった俺から再びカップを受け取りながら、蔵馬が首を傾げた。
「なら、貴方でも枯らさないで済む植物ならどうです?」
ここですぐに否定を返せば良かった。それを、俺は一瞬、躊躇ってしまった。
別に植物は嫌いじゃない。だが、愛でることはしない。手をかけて世話をする気になどならない。世話したところで、枯らせる。間違いなく。
だが、「俺でも枯らさない」、というのは、どういうことだ?僅かばかり浮かんだ興味が俺の口を塞いだ。
その一瞬の間に、蔵馬は俺の答えを肯定だと決めつけてしまったらしい。
「数日後に百足まで届けますよ。オレからの新居引越し祝いということで……まあ、楽しみにしておいて下さい」
有無を言わさぬ笑み。これに反論したところで面倒なことになるだけだと俺は知っている。思わず漏れた舌打ちにも、向けられる余裕の笑みはやはり微塵も揺るがない。
まあいい。物は試しだ。気に入らなかったらたかが植物、燃やしてしまえばいい。そう納得することにして、俺は蔵馬の部屋を出た。


To be continue...


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