まだまだ…

「やあ、いつの間に来てたんです?」
ふと気配を感じ、鍋をかき回していた手を止めて振り返ると、やはり彼がいた。
得意の営業スマイルで声をかけると、真っ黒な影が台所の明かりの下に歩み寄る。
「…また怪我したんですね?」
血の臭いにそう言うと、飛影はフンと小さく鼻を鳴らした。何が悪いと開き直りの態度である。
蔵馬は小さなため息をついてから、右手で再びお玉を動かしながら空いた左手で電話台を指した。
「救急箱、そこに入ってるから出して下さい。それから、俺の部屋に行っていつもの場所から薬草の入ったビンを」
それぐらいは自分でやれ、と声無き声に言われ、飛影は蔵馬に気づかれない程度の小さな舌打ちをする。
それでも言われた通りに動く彼は、やはり蔵馬には逆らえないらしい。
飛影が戻るまでに、鍋の蓋を閉めて火を弱火に、洗っておいた米を炊飯器に入れて、スイッチON。
そしてちゃんと言われたものを持ってきた飛影の傷の手当てを始める。
――うーん、我ながら見事な主婦っぷり。
己の心の呟きに虚しさを感じて、再びため息。
「いつも言うようだけど、あまり無理はしないで下さい。 最近ますます薬草の減りが激しくなっているんだから」
肩に包帯を巻いてやりながら、呆れを含んだ声で言う。
だが言われた本人はちっとも反省の色など見せずに、ソファの上にふんぞり返っている。テーブルの上に足までのせて。
それを軽くはたいて下ろさせながら、言い聞かせるように飛影の目をしっかりと見つめて言葉を紡ぐ。
「しばらく連絡が無いと思っていたら死んでいた、なんてことにならないとは言い切れないでしょう」
「俺がそんな間抜けな真似をするか」
……言い切りやがった。まったくこのヒトときたら…三度目のため息。
「まあ、小さいときには怪我をしたほうがいいらしいけど…」
「なっ…」
小さい、という言葉には敏感な飛影。身長は15×センチメートル。
「貴様、俺をガキ扱いするのか!?」
「おや、飛影」
飛影の隣に収まって、ぴっ、と人差し指を彼の目の前に立てる。
「俺から見れば、貴方なんてまだまだ子供…」
「な……」
「たぶん二桁くらいは貴方よりも長く生きてますよ、俺」
にっと笑うと、飛影が言葉を詰める。
「人間年齢にしたって、俺はとうに成人してたけど、君はまだ13、4歳ってところだろ?」
完全に反論できなくなって黙り込む飛影に、蔵馬はおかしくなってクスクスと笑い出す。
飛影はそんな蔵馬を睨んでいたが、ふと、頭に浮かんだ考えに、唇の端を吊り上げた。
「え…うあ、ひ、飛影!?」
蔵馬の体は一瞬にしてソファの上に横たわっていた。驚いて見上げると、飛影がにやりと不敵な笑みを浮かべて見下ろしている。
「ちょ…な、何ですか…?」
起き上がろうとしてもソファの背もたれと飛影にはさまれていて、動けない。
「…ガキ扱いしやがって」
飛影の笑みが深くなる。その手がゆっくりと伸ばされて…逆襲開始。
「う…ちょ、ちょっとまっ…や、やめろっ…」
怒り口調なのに顔は笑っている蔵馬。飛影は左手で、もがく蔵馬うを押さえつけ、右手で…
「く…あ…あはははっ!ほ、ほんとにっ…勘弁してくださ…い!」
くすぐっていた(大笑)。
「〜〜〜…っ飛影っ!!」
一瞬の隙を突いてがばっと蔵馬が起き上がる。
「酷いですよ!この間幽助と桑原君に自分がやられたからって…!」
飛影の攻撃から開放された蔵馬の顔からは笑みは…消えていた。かなり怒っているらしい。なんとなく妖狐の影が見えるのは気のせいだろうか…。
だが、飛影はそんな彼を面白そうに見つめている。
「どうだ?二桁も年下のガキに出し抜かれた気分は?」
くつくつと、本当に嬉しそうに咽の奥で笑い続ける飛影に、蔵馬は脱力した。
「――ふ…忘れかけていた屈辱という名の感情を思い出させてもらったよ…」
――本当に、子供すぎるっ!!
口にしたい叫びを辛うじて飲み込み、ソファの背もたれ顔を隠すようにして埋めた。
そんな自分をなお面白そうに見つめてくる飛影を横目で睨んでやる。
「…何か?」
問うと、彼はまたにやりと笑った。
「お前がそんな顔をするとはな…」
「〜〜〜!!!」
「面白いものを見た」
ピ―――――――――…
…ご飯が炊けた。
「…今日、シチューですけど…食べていきますか?」
「ああ」
得意げな笑みが答える。
…俺を出し抜けて、そんなに嬉しかった?飛影…。四度目のため息を吐き出して、蔵馬は立ち上がった。


さて。
「おい…シチューとやらはこんな変な色だったか…?」
「まさか、俺のは白いでしょ?」
「……………」
「悪い子にはお仕置き。しつけの基本ですよ」
「……………」
「残したら特性野菜汁ですから」
「……………」
――まだまだ、俺に勝つには早いよ、飛影。

2002?


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