「飛影―――」
くつくつと、喜悦の表情で蔵馬が呼ぶ。
甘く香り立つような妖気が、ゆうらりと飛影に絡みつき、引き寄せる。
誘われるままに唇を寄せ、覗いた舌を小さく噛めば、彼はなお、その妖艶な笑みを深くした。
「飛影、もっと……もっとだ――」
耳元で繰り返される熱を帯びた囁きにくっ、と喉の奥で笑う。
伸ばされた手に指を絡める。
それをさらに絡め取るように、蔵馬の妖気がじわりと迫る。
焼き尽くすような熱をもって押し返す。
それらは交錯し、混じりあい、離れ、共鳴するように時折ゆらりと輝いた。
「飛、影――……」
熱く呼ばれ、さらけ出された白い喉に唇を寄せ、歯を立てる。じわりと滲んだ赤を舌で拭い取り、その味を教えるようにまた口付ける。
それに応じながら、蔵馬の指が飛影の胸を滑り、首筋に爪を立てた。
もう少し力を込めれば、皮膚を突き破るほどに、強く、深く。


これは、駆け引き。
互いの全てを引きずり出すための、儀式。


急所に触れることを許し、いつそこを衝かれるか解からぬ恐怖、興奮――それが闘いを生業とする妖怪にとっては全て快感へとすり替わり、またそうしながらも殺せない相手への愛しさを生む。


ギリギリの。お互いを殺しあい生かしあうような、ギリギリの関係。


それでいて、時折胸が痛むようなやさしい唇が触れる。
虚を衝かれたようなそれが、あたたかくて、心地良い。


ともすれば甘ったれた愛に堕ちてしまいそうな、あるいは、狂気に似た妖怪の性(さが)に呑まれてしまいそうな――そんな、アンバランスさが楽しくて愛しくて。まだ当分は、飽きられそうにない。


だからまだ、決めるわけにはいかない。


まだ、だ。
もっと、もっと――互いの狂気を、愛しさを引き出したくて、欲しくて――……
だからまだ、libraを止めてはいけない。


自分達の心が、まだどちらへも傾いていないうちに。この感情が、愛にも狂気にも育ちきらぬうちに――このまま、溶け合ってしまうのも良いかもしれない。
……そんな考えが頭をよぎったとき、既に道が決まっていることを、彼等は知らない。


恋心なんて笑わせる
欲するのは その魂 そのすべて


ただ、それだけ。

2002?


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