久しぶりに飛影が家にやってきた。三日だけ、休暇が取れたという。やりたいことがたくさんあった。連れて行ってやりたい場所がたくさんあった。それなのに。
おてんとうさまのバカヤロウ。

sun shower

「まったく、こんな日に限ってどういうことですかこれは」
窓辺に寄りかかり、恨めしげに外を眺めながら蔵馬が言った。
「俺に聞いたって解かるわけがないだろう」
フンと鼻を鳴らし、飛影が紅茶を啜る。そっけないその返事に、蔵馬は大きく息を吐く。それを浴びた窓ガラスが一瞬白く曇って、またすぐに外の景色を蔵馬の前にさらし出す。
土砂降りの、雨。再び視界に入ったその光景に、蔵馬は不機嫌そうに眉を寄せた。
「どれもこれも、貴方が珍しくオレとデートしてくれるなんて言うから悪い」
「とんだ逆恨みだな」
飛影が呆れたように鼻で笑う。
「雨が降ったから何だというんだ?別に構わんだろう」
「雨の中、外に出ても…ということですか?」
「ああ」
「相合傘してくれるって言うなら行っても構わないけど?」
「…アイアイガサ?何だそれは」
聴きなれない言葉に飛影が首を傾げる。それを見て、蔵馬ははあ〜…と先程よりも長いため息をついた。そうして、切なげな瞳をまたゆっくりと窓の方に向ける。
先ほど確認した天気予報では、明後日の午後まで――つまり、飛影が帰る日の昼頃まで雨になっていた。雨が叩きつける冷たい窓に、そっと頭を預けるようにして呟いた。
「……楽しみにしてたのに」
一週間前、休暇が取れたという連絡を飛影の使い魔が持って来たとき、どんなに嬉しかったか。
ここのところ、飛影のパトロール隊が担当している地域に落ちてくる人間の量が急激に増え、ずっと会っていなかったのだ。使い魔によると、睡眠をとる時間すら、なかったのだと言う。
「本当に久しぶりの休暇なんですよ。旦那ってば蔵馬二ィさんに会えなくてイライラしっぱなしで、なだめるのにどれだけ苦労したか。休暇期間は一週間後、日付が変わる瞬間から丸三日間でございやすので、到着はその日の二時頃かと――」
どうか、起きて待っていてやって下さいませね、三日間、旦那はこちらに滞在させていただくと言っておりましたので、どうぞよろしく頼みます――使い魔はそう言うと、ぺこりと小さく頭を下げて帰って行った。
途中振り返り、もう一度頭を下げた使い魔に手を振った後、蔵馬はずるずるとその場に座り込んでしまった。
飛影に会える。飛影が会いに来てくれる。貴重な三日間を、すべて自分にくれるつもりだ。嬉しさと気恥ずかしさで知らずこみ上げてくれる笑いを、蔵馬は抑えることが出来なかった。
ひとしきり笑って、立ち上がる。三日間、何をしよう?頭の中には、もうそれしか浮かばなかった。
そうして、一週間練りに練った三日間の計画。昨夜使い魔の連絡どおりやって来た飛影に、子どものように話した。なのに、それらがすべてこの雨にすっかり流されてしまった。まさしく水の泡、である。
飛影の言ったとおり、別に雨の中出掛けても構わないのだが――この雨じゃ買い物に行ったって荷物は濡れてしまうだろうし、大シケの海を見たって何も面白くはないし。
この状況で計画を実行した際の悲惨な光景を想像し、また深々とため息をつく。
「まったく、うるさい奴だな貴様は」
空になったカップを床に置き、立ち上がった飛影が傍へと歩み寄る。ちらり、と視線を絡ませ、またぷいと窓のほうへと顔を向けた瞬間、腕を思いっきり引かれる。されるがままに身体の力を抜けば、予想通りすっぽりと飛影の腕に抱き止められた。
「俺は出掛けたりしなくても、ここで充分だが」
にっ、と笑った飛影の冷たい指が、蔵馬の首を辿って襟元に滑り込む。
「結局、`まだ'だろう?」
囁いた唇が耳朶を含み、蔵馬は思わず息を詰めた。感覚に流されかけるのを必死で堪え、飛影の頭を引き剥がす。
「オレは楽しみにしてたんですよ、貴方と出掛けるの」
「…………」
拗ねたような呟きに、今度は飛影のほうがため息をつきたくなる。折角、久しぶりに会えたというのに……ずっとこの調子では、全く意味を成さない。
「解かった、晴れれば良いんだな」
「………え?」
飛影の突然の言葉に顔を上げると、得意げな瞳とぶつかった。
「蔵馬。俺のものになると言え」
ずる…思わず飛影の腕の中からずり落ちかける。
「――突然何を言い出すんだ、お前は」
呆れたように問うと、飛影は自信たっぷりにこう答えた。
「狐が嫁入りすると、晴れるんだろう」
ずるる…どうだ物知りだろう、といった態度の飛影に、蔵馬はもう一度ずり落ちそうになる。
一体誰にそう教わったんだ、誰にっ!
眩暈を抑え、蔵馬は精一杯の笑顔を飛影に向ける。
「――飛影、`狐の嫁入り’というのは、日が照っているのに雨が降ってくることで――…」
「そんなもの、俺の知ったことじゃない」
おいおい。
胸中思いっきり突っ込みたい蔵馬を引き起こし立たせると、その左手を掴み、唇を寄せる。
「ひ、飛影――」
「うるさい」
そんなことしたって、晴れるわけないじゃないか――そう言い掛けたのを遮って、薬指に歯を立てる。軽い痛みにびくりと身体が強張る。噛み付かれた個所に、まるで指輪のようにくっきりと跡が残っていた。左手の薬指――まるで結婚指輪のように見え、蔵馬は思わずどきりとした。そんな蔵馬の心を見透かすような飛影の瞳がゆっくりと近づく。頭を引き寄せられ、間近から視線が絡む。
「誓え。永遠に、死んでも、生まれ変わっても――俺のものでありつづけると」
――誓い…ます

窓に映った、二つの姿が重なった時――

雲の間から、僅かだが光が射した。

少しずつ少しずつ、雲が裂けてゆく。金の光がゆっくりと降りてくる。きらきら輝くしずくが宝石のように街に散らばっていく。
その様を、蔵馬は飛影の胸に頭を預けながら見つめた。
「まったく――貴方にはかなわない」
くすりと洩らしたのは苦笑か、それとも幸せの笑みか。
「明日はきっと、晴れるよ」
きっと素敵な休日になることだろう。それを肯定するかのように、はるか遠く、小さな虹が見えた。

あとがき
タイトルの「sun shower」は日本語で「狐の嫁入り」だそうです。

2003?


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