籠の鳥

いつからだろう。
自分以外のものに向けられるその穏やかな眼差しに苛立ちを覚えるようになったのは。

「俺以外のものを見るな」
命じると、蔵馬は困ったように微笑んだ。
「無理だよ、それは……」
その答えに苛立った。
「俺以外の何も見るな。何も聞くな。何も触れるな。何も感じるな。どこにも行くな」
懇願にも似たそれを、しかし蔵馬はやはり否定した。
「目を潰して、耳を塞いで、四肢を切り落としてやろうか」
どうしても、かなわないというのなら。
「何も見ず、何も聞かず、何も触れず、どこにも行けぬように」
「それでお前は、満足するのか」
そう、どこか哀しげに呟いて。
蔵馬は白い腕を背に絡めた。

洋館は僅かな瓦礫を残して、飛影の炎に焼き尽された。
人間を売買している妖怪の逮捕がコエンマからの命であった。
強大な力を持つ故、幽助に声がかかり、暇のあった飛影も同行することになった。
幽助の一撃を受けた屋敷の主は、特防隊により既に捕獲されている。
「もう、大丈夫だ」
捕まれ、と差し出しかけた手を、幽助はびくりとこわばらせた。
僅かな躊躇いののち、その躰を抱くようにして、焼けた柱の重なった隙間から掬い上げる。
飛影は息を呑んだ。
おそらくそれは、少女であった。
壊れた窓から差し込む光は、白い肌を浮かび上がらせる。
胸と腰の、僅かな布で隠された箇所以外、それは剥き出しになっていた。
目元に幾重にも巻き付けられた布により、顔はわからない。
ただ少しだけ開かれた赤い唇が震えている。
肘と膝から下の部品は、なかった。

娘は人間であった。
ただ欲しかったのだ。
そう言って、コエンマの前で男は泣いた。
初めは商品の一つだったのだそうだ。
どういう経緯があったのかは知るよしもない。
だが確かに、男にとってその異種族の少女は特別であった。
しかし、少女は拒んだ。
男を見ては脅えて泣いた。
声を聞いては怖れて震えた。
逃げようとした。何度も。
だから、目を、耳を塞いだ。
四肢を切り落として、動けない少女を部屋の椅子に座らせていた。
まるで人形のように。
それでお前は満たされたのかというコエンマの問いに、男は頷くことはなかった。
最後に小さく、もう一度少女をこの目に、と呟いた。
願いは少女自身により、一蹴された。

その夜現れた飛影を、蔵馬は変わらぬ様子で迎え入れた。
今日はどうでしたかという問いに答えるかわりに飛影は再びそれを言う。
「俺以外の何も見るな。何も聞くな。何も触れるな。何も感じるな。どこにも行くな」
やはり蔵馬は、首を横に振るのみだった。
「目を潰して、耳を塞いで、四肢を切り落としますか」
飛影は否定も肯定もしなかった。
ただ蔵馬の大きな目を、貝のような耳を、白く細い四肢を、愛おしむように確かめ。
視線が合って蔵馬が微笑うと、苦しげな、切なげな顔をして、腕の中に彼を閉じ込めた。

2007.2.10


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