「流れ星に願いを捧げると、叶うと言われているんだよ」
そう言っていたのも、ついこの間のような気がするのだが。

ホシマツリ

「笹に、願いごとを書いた紙を結びつけると、願いが叶うと言われているんだよ」
言いながら、蔵馬は楽しそうにせっせと紙を切っている。短冊と言うらしいその色とりどりの紙の束は、切りくずの散乱するテーブルの角に変な形をした紙と一緒にぽん、と置かれた。
「相変わらず人間は奇妙なことをやるのが好きだな」
呆れてもう嫌味を言う気もしない。
正月、節分、バレンタイン、ホワイトデー、ひな祭り、端午の節句、母の日、父の日……一年が始まってまだ六ヶ月が過ぎたばかりだと言うのに、既にいくつの行事を迎えただろうか。その度にこの、人間として暮らしている妖怪は、至極楽しそうにそれに参加している。全く、適応力があるにも程がある。
「まあ、とりわけ日本は行事が多いけどね」
言いながらの蔵馬に、はい、と右手に握らされたのは、一本のペン。
「………何だこれは」
「何って、ペン」
「………」
そうじゃなくて。
無言の疑問は言葉にせずとも伝わったらしい。
「飛影も星に願いを捧げてみましょう。ひょっとしたら叶うかもしれないよ?」
「いらん!」
「まあまあそう言わずに」
結局口で蔵馬に敵うはずもなく、机に座らされる。恨めしげな視線を向けるが、有無を言わさぬ笑顔を難なく返される。どうやら、願いごととやらを書くまでこの場から動かせて貰えないらしい。
「書けたら言って下さいね、笹に飾るから」
言って自分は、笹に先ほどこしらえた変な形の紙に紐を通したものを結び付けていく。まったく、よくヒトのことを強引だの何だのと言いやがるが、そっちこそ負けていないのではなかろうか。口に出したらそれこそ流星のごとく言葉の弾丸を浴びせられるだろうから、決してしないが。思いながら、深い青をした紙切れを睨みつける。
だが、いくら見つめても書くべき文字は浮かんでこず。
「………願いなど無い」
ぽつりと呟くと、微笑んだ蔵馬が振り返る。
「そんなことは無いでしょう」
「無い」
きっぱりと言い放つと、蔵馬はやれやれ、というように頭を振った。
「オレとずーっと一緒にいられますように、とか、無いんですか?」
寂しいなあ、とため息をつく蔵馬に、思わず椅子からずり落ちかける。
願わんでもない……ないが、それは既に願いではなくなっている(もう飛影には、何があっても蔵馬から離れるつもりなど無いのだ)。今更書くものではない。
だが、そうか、そういうのでもいいのか……なんて思ってみるものの、やはり星に捧げるに相応しい望みなど、飛影には見つからない。

願うことなど、したことはなかった。
『欲しいものは己の手で手に入れる』
誰に頼ることもせず、何の力も借りず。
それが己の歩んできた道だ。
だから、『何を願っていいのか』なんて、解からなかった――……

いくら考えてもらちがあかず、ペンを投げ出してギッと椅子を傾ける。そこで、蔵馬が視界に入った。そういえば、蔵馬は何を願うのだろう?まさかヒトに「願いを書け」なんて言っておいて、自分は何も無い、なんてことはあるまい。そう思い、窓辺に飾り付けを終えた笹を立てかけている後姿に問い掛けてみる。
「お前の望みは何なんだ」

きょとん、と見開かれた瞳が振り返ったと思ったら。
次の瞬間、ふわりと綺麗に微笑んで。
「飛影が、今年も健康でいられますように」
優しい声が、うたうように答えた。

………その瞬間、飛影の願いは決まった。

――どうか、天に瞬く星よりも綺麗なこの存在(もの)が、健やかなる時を過ごせるように――

おわり

2005〜2006?


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