「好きだっただろう、昔」
そう言って盲目の男が差し出した手土産に、よく覚えていたな、と蔵馬は笑った。
「好きさ、今でも」
「それはよかった」
穏やかな空気。
わだかまりは取り払われたのだろう。完全に、とまではゆかなくても。
知っている。
こいつは蔵馬を憎みこそすれ、嫌悪感などこれっぽっちも持ち合わせていなかったこと。
光を奪われながらも、敬愛と慕情の念を抱き続けていたことを。
そして、それは今も――奴を越える力を手に入れたはずであるのに、変わっては、いない。
「あいつは、」
うるさい餓鬼に捕まって、苦笑しながら遊びに付き合ってやっている蔵馬を横目に見ながら、俺は言った。
やつの鋭い耳がようやっと拾い上げる程度の、僅かな音で。
「今魔界植物を使った菓子作りに熱中してやがる。家に行けば必ず喰わされてな、いつか殺されるかもしれん」
「そうか」
変わっていないなぁ、と、どこか嬉しそうに男は笑った。
「千年前は毒薬だったよ。調合したやつを仲間の食事にこっそり盛って効き目を確かめるのだ。中には死んだ奴もいたなぁ……」
閉じられた瞳の奥でその時の様を眺めるように、奴は魔界の濁った空を仰いだ。
途端俺は、自分が今しがたこの男にむけた言葉の意味に気付く。そして襲い来る恥辱と、惨めさと。
つまらない見栄。下らない対抗心。反吐が出るほどに。
�犖什�(いま)�瓩髻�誰よりも知っているのは俺だと。
だが�牴甬�(むかし)�瓩蓮△�なわない。決して。どうあがいても。
その事実がますます俺を絶望の淵に追い立てて、悔しさに足元が揺らぐ。
隣に立つこの男にはとっくにばれているだろうが、それでも、表面だけは平常を保ったまま、胸中吐き捨てる。
この、負け犬。
いつの間にかこちらを見ていた蔵馬が微笑んでいた。
俺の名の形に動くその唇を、今すぐふさいでやりたかった。
**Underdog**
2006
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