何故こんな日に限ってこうなるんだろう。
机の上に山積みになった書類を忌まわしげに横目で見遣りながら、蔵馬はそれでもキーを打つ指を休めなかった。
早く、早く終わらせたいのに。
こんなことならもう一人誰かに残ってもらえば良かった。
すぐに終わるだろうと踏んで、約束までの時間つぶしと残業を一人で引き受けてしまった自分のミスだ。
予定通りその分はさっさと終わらせてしまえたのだが、預かった他の社員のミスに気付いてしまった。
明日必要な重要書類が足りなかったのだ。
慌ててその担当社員に連絡を取ろうと思ったが、体調が悪そうな彼の様子を思い出し、受話器を置いてしまった。
あと少しなのだ。しかしその少しが、永い。
壁にかかった時計を見遣る。
九時四十七分。
約束の時間をまもなく一時間、過ぎようとしている。
久しぶりなのに。
一分一秒でも早く会いたいのに。
誰もいない部屋を訪れた黒衣の少年が脳裏をかすめ、蔵馬は唇を噛み締めた。
きっとほんの僅かであっても彼を失望させてしまっただろう。
怒らせたかもしれない。
痺れを切らして帰ってしまっただろうか。
今度は自分が誰もいない部屋に帰る姿を思い浮かべて、込み上げる切なさのあまりもう一度唇を噛んだ。
手元が狂いタイピングミス。
ブラウザに並んだ意味不明な文字列に泣きたくなって、机に伏し思わず恋しい名を呟いた。その時だった。
ざ、と舞い込んだ風に紙切れが舞う。
はっと顔を上げた先に会いたくて仕方の無かった相手がいつもの仏頂面をして立っていた。
「何ボケた面してやがる」
「ひえい……」
信じられない面持ちでもう一度その名を呼ぶ蔵馬に飛影は歩み寄る。
そうしてちらと机の書類に目をやってから、不機嫌そうに呟いた。
「こんな日くらいそのお人好しっぷりを制限できんのか」
「飛影、あなた――……」
邪眼で見ていたんですか――という言葉は、飛影の唇によって途中で遮られていた。
その合間から覗いた熱い舌は、期待した感覚を与えることなく、僅か蔵馬の上唇を名残惜しげになぞるのみで離れていく。
戸惑いの色を滲ませる蔵馬の瞳を振り払うように飛影は踝を返した。
「さっさと終わらせろ」
そう言って離れようとする背を、蔵馬は腕を伸ばして抱きとめていた。
「先に、貴方を」
耳元に請うて一分の隙間も許さぬように身を摺り寄せる。
「欲しくて、仕事が手につかない」
愛しさが溢れて止まらないから、その手で汲み取って欲しい。
それは飛影も同じで、だから口付けをもって望みに応える。
「……動けなくなっても知らんぞ」
低い囁きにぞくりとしながら、蔵馬は、幸福を噛み締めるようにゆっくりと目を閉じる。
残った仕事のことが少し頭を掠めたが、それでも、憂鬱はもう露ほどもありはしなかった。

**Melancholy**

オフィスワークのことなんて知りませんからすべて想像です。
いろいろ間違ってそうです(汗)

2006〜2007?


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