我ながら重症だと思う。
魔界の腐った風に吹かれて揺らぐ一厘の花にあいつの姿を見出すなんて。

確かに久しくその顔を見ていなかった。
こちらの仕事も忙しかったし、むこうも仕事だとか家族旅行だとかで、思えばこんなに会わないのはしばらくなかったことかもしれない。

単独での見回りを終え、百足に合流する前に一眠りしようと思った矢先、視界の端に映ったそれが強く俺の目を捉えた。
美しい花だと思った。
魔界に生息する花は毒々しい色を持ち、醜い形状をしているのがほとんどだった。
だがそれは、やわらかな曲線を描いた薄紫の花弁をふっくらと広げ、細い茎をゆるやかに伸ばして、濁る血を吸ったこの土に似合わぬほど清々と、そしてひそやかに佇んでいた。
思わず歩み寄り、触れようと手を伸ばした瞬間、指先に痛みが走った。
見れば少し切れている。
よく伺えば無数の微細な棘が花を覆っているようだった。
風が過ぎった。
ふわりと甘いにおいがした。

知らず微笑っている自分に気付く。
これはあまりにも似すぎていて今にもあの声で俺の名を呼ぶのではないかとさえ思えた。
どうしようもなく欲しくなった。
どうにもできないくらい飢えていた。
棘が皮膚を裂くのも構わずその茎を握り締めたその時、摘んだ花は長く持たないといった声が聞こえて、力をこめるのはとどまった。
振り払うように立ち上がり、大地を蹴る。

今度あいつを連れてあそこに行こうと思った。
あいつはきっと淀みなく、あの花の名を言ってみせるのだろう。

そのときのことを思えば、僅かだが胸が満たされるような気がする。
相変わらず飢餓感はあったけれども。

**Associate**

2006.8


携帯...←戻
PC...ブラウザを閉じてお戻り下さい

inserted by FC2 system