ハツユメ
「夢は見ましたか？」
目覚めと共におはよう、と額に口付け、蔵馬はそう問うた。
「夢？」
唐突なそれに飛影は眉を寄せ、寝ぼけ眼を瞬かせる。
太陽はいまだ東の空を仄白く染めるのみであった。
薄明かりの静けさに包まれた部屋の中は二人を世界から隔離させる。
いつもより更に甘い、溶けるような蔵馬の笑みと、囁くように交わす言葉がどこかくすぐったくて、飛影はこの時間が苦手であった。
それでも去ろうとしない理由を自らに問うことはしなかったけれど。
「今日……つまり一年で一番最初に見た夢を初夢と言って、その内容で一年の吉凶を占うという習慣があるんですよ」
いちふじにたかさんなすび……と蔵馬は訳の解からないことを述べてから、
「オレは今日は見なかったんだけどね。飛影はどうでしたか？夢」
少し上目遣いに見上げて、首をかしげた。
そのどこか楽しそうな表情を眺めながら、飛影はようやく薄れ始めた霧の中からその断片らしきものを引き寄せる。
――白。
「……見た」
上も、下も、どこまでも白い世界。
「いつもの夢だ」
回って、堕ちて。
「生まれた頃の、下らん記憶だ」
嘲笑。
胸に当たる二つの氷泪石の感触が冷たくて目を閉じた。
その目元に柔らかく落ちた温もりに見上げれば、もう一度、今度は髪の間に蔵馬の唇が触れる。
離れるそれがもっと欲しくて引き寄せ、自らの唇を重ね合わせた。
啄むだけでは足りず、もっと深く、溶け合うほどに求める。
「……夢ってね、本当は一晩に必ず四つは見ているんだって」
乱れた息の合間、白い天井を見上げたまま呟くように蔵馬が言う。
「目が覚めたときに覚えているのは、一番最後に見た一つか二つだけで……オレは今日夢を見なかったと自分では思っているけれど、本当は四つも見ている」
ややあって振り返る瞳には悪戯な色を宿し。
「オレの初夢はきっと貴方のことだったんじゃないかな……」
「何故そう思う」
「だって、」
昨日あんなに貴方に満たされて眠ったから。
まるで秘め事の告白のように甘美な響きは、ゆっくりと飛影の内へとおちて、焦がした。
あまりの熱さに耐え切れずに飛影は蔵馬の身体を捕らえて抱き締める。
首筋に押し当てた唇にくすぐったい、と蔵馬が笑って、それでも引き離すことなく指は優しく飛影の髪を撫でていた。
その指を掴んで口付けながら、飛影は呟く。
「なら俺の�爛魯張罐甅瓩發�前だな」
『一番初めに見た夢』――その内容を、覚えてはいないけれど。
自分もまた蔵馬だけで埋め尽くされて、蔵馬のことだけを考えていたのであるから。
僅かな時間蔵馬は動かず、ただ飛影を見つめていた。
それから一瞬だけ、濡れた瞳を大きく開く。
あとは、大きく花開くように、笑った。
「今からもう一度眠ったら、また貴方の夢を見られるかな」
飛影の肩口に顔を埋めながら、ぽつりと蔵馬が言う。
「さぁな」
試してみようか。
そう言って笑いながら、目を閉じる。
太陽が僅かに顔を覗かせる頃、二人は互いの腕の中で再び夢へおちていった。
夢で彼に会えたとしても、目覚めてそこにいなければ意味などなかった。
どんな夢を見ようとも、目覚めて彼がいれば良かった。
目蓋を開けば変わらぬ笑みがある。
それだけで充分であった。
年が明ける頃この話を練っていたのですが実際にワタシの初夢は悪夢でした。
二度寝(殴)した後に見たので無効だ！と思っているのですがやっぱり相当ショックでした……
飛影は別に初夢がどうとか気にしてないと思いますが。
2007?
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